28話
「何回火事に会うんだか」
ボッシュはロクスタを横目にし、皮肉っぽく呟く。
「今回は私のせいじゃないでしょうが。可愛くないわねぇ、ほんと」
迫る脅威を気にしないように、わざと強気を装って言い返すものの、状況は芳しくない。
剣と火と、いずれはどちらかによって命を落とすだろう。
「はぁ~。あんたらさ、先にこっから出る事を考えた方がいいんじゃない?」
ついさっきまで機能を停止して物言わぬ人形のようだったレイジーが、不意に口を開いた。
そのよく通る声は、人数が減ったことによって膠着状態に陥っていた男達の耳へも届き、その場の視線が彼へ集中した。
「やっと、起きたか!何か手だてがあるのか」
ボッシュは、戦っていた相手の意識がレイジーに移った瞬間、踏み込んで剣を弾き、よろめいた男の腹部へ剣の柄を叩き込んだ。
踞った男から剣を取り上げて、改めてレイジーを訝しげに見やった。
彼としては『世界の目』とやらはとても現実味がないし、レイジーの様子がおかしいのも本物でなかったせいだと思っていた。
立ち直ったらしき彼はいつものように唐突で思わせ振りだったので、ボッシュもロクスタも、期待よりは困惑していた。
「ふ、ふん、お前らを片付けてから脱出するわ!」
まだ生き延びていたイーチェクは、煙に目をしばたたかせながらも、憤然として声をあげた。
だが残り少ない彼の仲間は顔を見合わせ、争いを続けるべきか否か、迷いが生じていた。
「取り合えず、今生きている私達だけでも逃げない?それ、全部持ってたらとても逃げられないと思うわ」
動揺が広がったのを見て、ロクスタが畳み掛けるように言い募る。
敵として戦っていた者同士も、戸惑い不安げに顔を見合わせているが、咄嗟に決断することもできずに沈黙が支配した。
「はっきり言おう、イーチェク、あんたのその指輪さえ渡してくれたら後はどうでもいい。全員の罪は問わない。戦いをやめさせてくれ」
ボッシュはイーチェクを正面から見据え、年に似合わぬ落ち着いた様子で語りかけた。
イーチェクの血走った目に理解の色が浮かび、ボッシュとレイジーを交互に見て呻くような声をだす。
「そうか、貴様らは、おかしな小僧かと思えば騎士だったか!まさか追って来ていたとはな」
悔しげなその言葉で肝を冷やしたのか、彼以外の者が過剰に反応をしめした。
慌てたように剣を捨てて、イーチェクと無関係であることを訴える者、今までの争いを無かったかのように保護を求める者。
「はぁ、皆さん現金なもんだね。で、おじさん、どうするの?こっちとしてはあんたがコンガリ焼けてから指輪を取りに戻ってもいいんだけど。というか、面倒だからそうしない?もう熱いし煙が嫌なんだけど」
レイジーの台詞の後半部分に全員がぎょっとしたような表情になり、イーチェクの顔色をうかがった。
「な、んだと、貴様……だいたい、どうやると言うのだ」
激情のあまり、元より更に変調した声で問われ、レイジーは足元を指し示した。
「水ならたくさんあるじゃない」
「水って何よ、どこに?」
危機感で思わずロクスタは声を張り上げ、他の面々も不審と困惑の言葉を口にする。
その中でボッシュは何となく予想がついて不快そうなため息をつき、イーチェクも同じような表情をしていた。
「騎士の中にもいるものだな、魔導士だったか」
得心した、とばかりに頷き呟くのに向けて誤解を解くようなことはせず、レイジーはにっこり微笑んで手を差し出した。