27話
今の状況は、自分にとって安全とは言い難いのではないだろうか?
ロクスタは息苦しさを感じながら、辺りを見回す。
宝を回収しつつあるイーチェクと、彼の仲間らしき警備の男達。彼らと距離を詰めつつある、実力行使に出た参加者達。そしてイーチェクと指輪を求めてやって来た自分の一時的な仲間。
彼女はどの勢力ともやや距離をおいていたので、逃げようと思えば逃げられるだろうが、それにはタイミングが重要だった。
全員と特に利害関係がないので、下手をすれば単なる障害物と見なされる恐れがある。
ちらり、と年下男の二人連れを見て、内心ため息をつく。
助けに来てくれた、と喜ぶほど無邪気にできてはいない。それどころか、イーチェクを発見した時点で自分は用済みになった。
「お前達は……何の用だ、見ての通り私は忙しいのだがね」
「あんたがイーチェクか。あ~、俺達はあんたが持ってる指輪が欲しい」
緊張感の漂う三竦みの状態で、ボッシュはイーチェクに話しかけた。
彼の目にも、貧相な男に似合わない指輪がはっきりと見えていた。
「そ、それなら、私はあちらの細工物が!」
「卑怯だぞ」
しかし、話を続けようとする彼らの間に、他の者も口を挟んでくる。
また元のように収集のつかない状態に戻り、ボッシュは頭を掻き毟りたくなってきた。
「ねぇ、また火だ」
不意に、大人しくしていたレイジーが寄って来て低く囁いた。
「さっき消されたから煙くさいんじゃないのか」
ボッシュは素早く場内を見渡して答えるが、連れは目を細めて頭を振る。
「別の部屋だね。それと、外、か?――誰かが火をつけたけど、心当たりのある人?」
後半は声を高めて、今にも斬り合いを再開しそうな人々へ問いかける。
「な、火だと?誰が勝手な事を!」
裏返って更に甲高い声でイーチェクが叫べば、他の者にも動揺が広がる。
中の一人がすぐさま逃げ出そうと扉へ走り、そして絶望的な叫び声をあげた。
「開かないぞ、どうなっているんだ!」
その声に他の扉も試してみるが、やはり同じことだった。
「どうなってるのかねぇ、これ。あのおじさんの仕業じゃなさそうだし」
レイジーは呟きながら、さりげなくロクスタの方へ近付き、そこから仲間と固まっているイーチェクに声をかけた。
「まぁ、時間も出来た事だし、指輪出しなよ」
それは何か色々違うのではないか、とボッシュとロクスタは内心で突っ込んだ。
「さっきから、指輪指輪とうるさい奴等だ。悪いが全て誰にも渡さん」
必死の形相で生き残った者達を睨み、イーチェクはまた宝をかき集め始めた。
小さいものから袋へ詰め込み、懐へ押し込む。
その様子に仲間も鼻白み、遠巻きにしている。
そこに出来た隙間に、先程一番に逃げようと試みた男が走り込み、イーチェクへ剣を向けた。
固いものを弾く音がして、刃はイーチェクの体には届かなかった。
服の布地を裂いて、そこから彼を救ったものが転がり落ちる。
一瞬惜しそうな顔をしたものの、とりあえず確保できた宝を持って身を翻し、焦った仲間達も援護に入る。
乱闘が再開された。
ボッシュはロクスタの手を引いてかばいながら、直接には参加せず、イーチェクから目を離さない。
「火もまわって来たってのに、こんな事やってる場合じゃないだろ」
「共倒れになってくれたらいいんじゃない?」
「それまでに焼け死ぬような気がする」
レイジーは、じりじりとさがりながら押し殺した声で会話するのに参加せず、足元に転がってきた物を凝視していた。
「ちょっと、離れないと危ないわ」
ロクスタが声をかけるとようやく顔を上げたが、答えずに今度はしゃがんでまじまじと見つめる。
レイジーはゆっくり手を伸ばし、ついにそれを拾う。
無色透明の透き通った球体の中に、ゆらゆらとうごめく青いものが封じ込められていた。
先程剣を受け止めた痕などまるでなく、表面には傷ひとつ無かった。
立ち上がってボッシュやロクスタを見たが、いつもの軽口もなく、その様子は感激のあまり言葉を無くしたかのようだった。
「お前。まさか、それがあれか?なんとかの目」
「まさか、ね。ふ、ふふふふふ……」
思い当たったボッシュが問えば、レイジーはどこか壊れたように笑い始めた。
その様子にどこか不穏なものを感じたロクスタは、背の高い騎士を盾にするように移動する。ボッシュは訳がわからなかったが、そればかりを気にしてもいられない。
彼にとっての最優先は指輪の奪還だ。
欲に駆られた男達の争いは激化し、いつの間にか立っている人数も減っている。
「こんなことやってる場合じゃないでしょうに」
ロクスタが小さく呟いたように、今や扉の一部は炎に包まれているし、彼女が監禁されていた部屋の方からも煙が流れてきている。
ボッシュも身を守るため、向かってくる剣を叩き落とし、蹴り飛ばし、少しでも収集をつけようと動いていた。