25話
明かりの消えた会場は一瞬静まり返り、その後は怒号と悲鳴とで満たされた。
逃げようとしてお互いを突き飛ばし、突き飛ばされ、辿り着いた出口では武器を持った男達に阻まれる。
そしてほとんどの者は闇に目が慣れず、その場に立ちすくんでいた。
「この展開は予想外だったな」
「そんな呑気なこと言ってていいの?何だろうな、イーチェクさんとやらは、会場皆殺しにしてお宝独り占めする気かな」
出入り口から離れた所へ移動したボッシュとレイジーはボソボソと会話をしながら辺りを観察していた。
その間にも騒ぎは大きくなり、ついには血の臭いも漂い始めた。
「あ~あ、血気盛んだね」
不快そうに鼻の下を擦り、レイジーは吐き捨てるように呟いた。
二人は先程ロクスタの居た場所へ向かって、目立たないように壁沿いを移動していた。
彼女は突然暗くなって驚いたものの、判断力を失うほどではなかった。
混乱に乗じて出品された品物が狙われるのは予想できたし、もしかしたら自分も物好きな誰かに狙われるかもしれない、と思っていたので、突然横から腕を捕まれても振りほどく事ができた。
「このアマ、大人しくしやがれっ」
果たして、彼女を連れ去ろうとしたのは司会の男だった。目を凝らしてみればもう片方の腕にはいくつかお宝を抱えている。
「あんた、こっそり盗んで逃げる気?顔が割れてるのに大胆ねぇ」
ロクスタが皮肉っぽく咎めると、司会の男は口を歪めて笑顔のようなものをつくった。
「いいんだよ、これは。正当な駄賃だ。どうせ誰が盗ったかなんてわからんさ」
「それは困る」
黄色く変色した歯をむき出しにしてロクスタに笑いかけた司会者は、後ろを振り向く間も無く殴られて昏倒した。
「あら、あなたは?」
ロクスタは内心の動揺を押し隠して、扇子越しに相手を見つめた。
「横から手を出されては困る」
ぶつぶつと呟きながら、気絶した男の手から宝を回収したのはイーチェク。
ロクスタは、その手に探していた指輪がはめられているのに気がついた。
「これは……あなたの悪巧みなのかしら?」
ロクスタは気付かれないようにと、普段より幾分高くか細い声を出してみた。
怯えたように後ずさり、距離をとるのも忘れない。
「便乗しようって輩はどこにでもいるものだな、不愉快な」
彼女に答えたのか、相変わらずの独り言なのかは不明だが、イーチェクの呟きからは今の状況が彼の意図したものでない事が推し量られた。
悪人ばかりが集まれば考える事が似通うのは仕方がないのかしら?
ロクスタが今後どう動けばよいか迷っていると、イーチェクは今初めて彼女に気づいたように凝視した。
「女、お前はどうする?こうなってしまっては我々は引き上げるが。薬だけ戴いてもよいのだがな?」
言われてみれば、二人の周りには返り血を浴びた男達が何人か集まってきて、他の生き残り達も出口より宝に目を向け始めていた。
会場の床には十人余り、動かない人の体が転がっているのが見えて、ロクスタは息を飲んで、ふらついた。
賊には賊なりの仁義というものがあり、だからこそ今回のような市が成り立っていたのだった。
それが、皆が皆力づくで奪い合おうと血眼になっている。
「イーチェクさんは、どこのどいつかな?」
狂気すら感じるその場に、場違いなほど朗らかな声が響いた。