23話
始まるまで控え室に。
そう言って通された先は、どう考えても心身を休めるような場所ではなく。
「ここ、どう考えても牢よね」
「気分悪いぜぇ。何で俺ぁ逃げなかったんだ」
部屋の中は三分の二程が天井までの格子で区切られていた。日も陰り、部屋には採光用の小さな窓から冷たい風が吹き込んでくる。防寒用に置かれた毛布からすえた臭いが漂ってくるが背に腹は代えられず、二人は身を寄せあって保温に努めていた。
「いまだに事態が飲み込めてねぇんだが、あんたらは結局何がしたいんだい?」
寒さと続く沈黙に耐えかねて、男が口を開く。
ロクスタは一瞬ためらったが、ここまで来たら、事情を知らない事が彼の寿命を縮めかねないとも思えてきた。
「ある人が盗まれた……指輪を取り戻そうとしているの。それを持っている筈なのがイーチェクという男でね、ここの盗人市で売られるらしいから、私達で探しに来たの」
「それにしても、いくら腕がたつからって、あんな若造と女のあんた二人でなんてなぁ」
同情と呆れを含んだ眼差しに、彼女はひきつった笑いを浮かべた。
もう一人、怖い騎士がいるのよ~。そもそも私は自業自得だし。考えてみたらこの男と私は同じ立場ね。
ここを無事にやり過ごせても、先は暗いわ……。
「変な顔して、どうした?便所か?」
的はずれな心配に、返事をしようとしたその時。
扉が開かれ、男が一人、入ってきた。
くすんだ灰色の衣に身を包んだ男は、ゆっくりと歩を進めて格子の前へ立った。その姿を見たロクスタは思わず声をあげかけたが、唇を噛んで押し止めた。
イーチェク。
探していた男が、そこに居る。
気付いているのかいないのか、痩せた狡猾そうな顔には二人を値踏みするような表情を浮かべ、交互に視線を送ってくる。
「ふん……まぁ余興にはなるか」
一般的な男性に比べるとやや甲高い声で呟くのが聞こえ、ロクスタは思わず震えた。
あぁやっぱり不気味。最近ずっとあの子のとんでもない美人顔を見ていたから、余計に落差を感じるわ。それにしても化粧しただけで私と気づかないなんて、こいつも意外と抜けているのかしらね。それにしてもこいつが居るのは判ったけど指輪の事はどうやって探ったらいいのかしら?
毛布に隠れるようにしながらロクスタはぐるぐると考え込んでいたため、同じ出品者の立場であるイーチェクがなぜここに立ち寄ったか、という点にまでは思い至らなかったのだった。
「……イーチェクって野郎が居たとして、どうやって指輪を取り返すわけ?買い戻す、とは思えないけど」
木陰に隠れ、レイジーは欠伸をしながら口を開いた。
指輪を追って、ここまでは順調に辿り着いたものの、具体的に取り返すいい手段が思い付かないのだ。
「公には動けないから、始まる前に踏み込んで無理矢理、というのは難しいな。参加して買い取るには金がないし、終わってから譲ってもらうのもな……あぁもうどうしろって言うんだ」
深いため息と共にボッシュが答えるが、歯切れが悪い上に投げ遣りだった。
「兎に角、潜り込んでさ、どうにかなるのを待つしかないんじゃない?さっきの人達の話だと、本人も何か企んでるようだし。お姉さん達がうまい事やるかもしれないしな」
どこか深刻さを欠いた返事ではあったが、考えても良い知恵は浮かばず、若い騎士は最終的には騒ぎを起こしてでもどうにかするしかないか、と心に決め、暫定的相棒と共に侵入を試みるのだった。
ざわめく会場内は明かりを最小限に押さえ、数少ない出入り口には武装した男達が立ち塞がっている。
見るからに怪しい生業に就いていそうな人々に混じって、顔を隠して高価な衣装を身に纏い、辺りを憚る様子の人物など、数多くはないものの、会場内は静かな熱気に包まれていた。
出品されたものも多種多様で、装飾品のほか、外国から持ち込まれた薬品や魔道具など、信憑性の疑わしいものも混ざっている。
今回の競り方法は、最低価格が提示され、希望者が金額を書いた紙を集めて、最高値をつけた者が購入できるというものだった。
「これは珍しい、生きたままの女性です。しかも、非業の死をとげた魔術師が遺した『心縛りの血』をお持ちで――」
進行役の紹介にひっかかるものを感じながら、ロクスタは舞台に押し出された。柔らかい素材の扇で表情を隠しつつ、会場の反応を推し量る。
私に、というよりはそっちに反応するわよね、やっぱり。あぁもう皆気持ち悪いわ。
イーチェクはどこか行っちゃうし、どうしたらいいのかしら?
いい加減不安になってきたロクスタの目が、会場内の一点でぴたりと止まった。人垣から離れた隅で、背の高い二人組が立っている。一人は仏頂面で、一人は楽しげに微笑んで。
「あぁ……」
彼女は自覚なく、安堵のため息をついて微笑んだ。
意味ありげなその表情に会場内がざわめく。
場の空気が乱れた瞬間、会場の明かりが全て消えた。