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22話


「助かりました。まさか騎士様がわざわざ探してくださるとはねぇ。ありがたい事です。しかもほとんど日が経ってないじゃありませんか……」


騎士の詰め所に戻り、手当てを終えたオットーはようやく調子を取り戻した。

目の前には面白くなさそうな顔をした若い騎士が座っているが、反応が薄くても命の恩人である。褒め称えるのはタダなので、言葉を尽くして感謝を伝えた。


「元はこっちの依頼だからな。それに宿の主人に頼まれたから。悪かったな、巻き込んで」


ボッシュは居心地が悪そうに身じろぎして、流れ続ける感謝の言葉を遮った。


「そうそう!あの綺麗な坊っちゃんの。――例の市ですがね、三日、いや、もう二日後ですよ!お伝えくださいよ」


ほっとしたように首の後ろなどを撫でていたオットーは肝心な事を思い出していささか慌てた。

これを伝えられなかったら何のために怪我をしたのかわからない。


オットーは自分の言葉に顔を強ばらせて立ち上がったボッシュを見送りながら、今度は厳つい義兄にどうやって言い訳すればよいかと考え始めたのだった。








ざわめきは極わずか、しかし店内の視線は痛い程感じる。


気位の高い女のように、男を手玉にとる悪女のようにという、レイジーのよくわからない演技指導の通り、顎をつんとあげて歩く。


「男の視線なんて歯牙にもかけない……」

「声に出てんぞぉ」


ボソリと聞こえた隣の声に一瞬、紅い唇を震わせたがなんとか思い止まった。ロクスタは見ようによっては妖艶ともとれる、曖昧な笑顔を張り付けたままカウンターへ近づいた。


「よぅ、売りたいもんがあるんだがよ」


回りに目をやりながら低い声で男が話しかけるのを、緊張しながら見守る彼女。今から自分が売られるのを待っているというのもおかしな気分だった。


もし、とんでもない変態にでも買われたら?


自分の想像に悪寒がして小さく体を震わせ、細い両腕を体に巻き付けた。


店内の男達の視線を釘付けにしているとも気づかず。





レイジーは出品の交渉を二人に任せると、自分は騎士の詰め所がある方へと向かっていた。

色々すすめていたが、あまり勝手にやりすぎても怒られるだろうかと、少しだけ心配になったからだった。それに自分がよくも悪くも目立つという自覚がある。


彼としては請け負った以上指輪を取り戻すか、せめて情報だけでも仕入れておきたいところである。

先日派手に喧嘩をしたところなのでもう遅いような気もしているが、表立っては地元民と変装させたロクスタに任せることにしたのだった。


「お前!何してる、こんな所で」


詰め所近くの広い道。行き交う人の中から背の高い若者が歩くのを見つけて足早に近寄ると、相手は嬉しくなさそうに眉をひそめた。


「このごちゃごちゃした街で会えたんだから、もうちょっと喜んだらどうかな」


レイジーがやや不満そうに言えば、ボッシュはそれには直接答えず、身ぶりでついて来るよう促した。


「お前、宿のおっさんに探させてただろ……危なく殺されるとこだった。おっさんの言うには、市は二日後らしい。場所もわかった」


「あぁそう。悪いことしたな。こっちも、ざっとした事はわかったから、お姉さんとおじさんを潜り込ませてみたんだ」


ボッシュが疑わし気な目を向けると、レイジーは、何も知らない人が見たら見蕩れるに違いない微笑みを浮かべた。


「中と外から調べる方が効率いいじゃないか」


「今度はどこのおっさんだよ。あまり巻き込むなよ」


「喧嘩売ってきて俺が勝ったから、言う事聞いてもらってんの。後腐れなさそうだし」


あっけらかんとした顔で薄情な事を言うのを見て、見た目よりは真面目な騎士はため息をついた。

言い合いをしながら歩いていると、脇道から小汚ない男が二人、焦ったように足をもつれさせながら近付いてきた。

レイジーは面白がるような表情で、ボッシュは警戒するように距離をとって二人を見詰める。


「やっ、と、見つけたぜ!ひでえよアンタ、宿に来いって言っといて……」


荒い息が冷えた空気を乱して、口から煙を吹き出しているように見えるのを観察していたレイジーは、男二人と騎士の視線に苦笑いを浮かべた。

改めて二人を見れば、顔には痣や擦り傷があるし、粗末な衣服はぼろぼろだ。顔は記憶には残ってはいないが、そういうことなのだろう。


「こっちでも、思ったより進展してね?ずっと待ってるわけにはいかなかったんだよ。悪かったね。それでどんな事がわかった?」


優しげな微笑みと口調で問えば、男達は顔を見合わせた。そもそもこの儚げな風貌に惑わされ、怪我をした挙げ句顎で使われているのだが、それでも見惚れてしまう。

実に単純に生きてきた彼らは強いものに従い、美を愛で、その日が無事に終われば満足であった。


「あのねーちゃんが言ってた、イーチェクって野郎を見つけたんだがね、やばそうだぜ」


「危険な男なのか?」


それまで黙っていたボッシュが口を挟むと、怪訝そうに見たものの、腰の長剣が目に入ったので素直に頷いた。


「妙なやつらとつるんで、何か企んでるらしいんで。前の市とはまとめ役もいつの間にか代わってるらしいし、な?」


中身があるような無いような、微妙な報告を聞きながらボッシュは考え込む。


騎士団に出動を要請してまとめて捕縛できれば今後のためにもいいだろうが、準備のための時間が全く足りない。しかも任務の性格上理由を明かすわけにはいかないのだ。



面倒くさい。

こういう仕事はもっと経験を積んだ奴にやらせるべきじゃないのか?

内心で悪態をつくものの、失敗は許されないし、自分の騎士としての誇りにかけても指輪は取り戻さなければならない。


「ふふ、面白くなってきたねぇ。この分だと餌にしっかり食いついてくれるだろうね」



決意を固めるボッシュとは裏腹に、緊張感の無い笑顔をみせるレイジーはロクスタを思い浮かべていた。


大事の前の小事、イーチェクという男は彼女を邪魔物として排除するか、または再び仲間に取り込もうとするのか。


そこまで考えて、何故だか胸がチクリとする。


「俺の玩具を盗られると、それはそれで不愉快か」


口の中で呟き、先を急ごうとするボッシュに続いて雪道を歩き始めた。

なかなか進まない…

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