20話
大きく胸元の開いた、漆黒のドレス。陽に焼けることのなかった白い肌には煌めく鉱石の粉を纏わせ、長い袖から覗く指先の爪は磨き上げた後、赤い花の汁で染色し、袖口の繊細な黒いレース飾りによく映える。
複雑な色が混ざる髪は艶が出るまで梳かして顔周り以外を結い、細い首をさらしている。その喉元と耳には大小の雫型の透明な宝石をあしらった飾りが輝いて、白い肌と引き立て合っていた。
艶めかしさを感じる程に。
「どうです、お客さま!この美しさと言ったら!これほどやりがいのある御婦人には、めったにお目にかかれませんわねぇ」
女性物の服飾品を扱う店主は、見た目は明らかに男性であった。しかし仕草や話し方が女性的なので、ロクスタは彼に服を着せ替えられて全身をいじくり回されても、なぜだか恥ずかしさは感じなかった。
恥ずかしいのは胸がこぼれそうな服や、風通しが良くて寒い首。
にやにやと微笑みながら自分を出迎えたレイジーの目だった。
この、見た目だけは美しい同行者に性的なものを感じたことはなかったのだが、自分があまりに女性らしさを前面に押し出されてしまったので、にわかに視線が気になり始めたのだ。
店主の言うように、自分が化粧映えする質だったという事もある。口に紅すら使っていなかったせいか、最新という化粧品で彩られた自分は、知らない人物のようだった。
「あの、何か言ってくれない?私にはいいのか悪いのか解らないんだけど」
「は?あ、そう。普通の女は化粧とか香水とか、色々使って男を魅惑?するって聞いたんだけど。その姿なら心配いらないね。若返って見えるよ」
今までで一番、機嫌良さそうに言う少年の言葉の端々が気になるが、ロクスタは曖昧に頷くにとどめた。
「で、何をすればいいのかしら」
黒ローブのフードを被って前部分が開かないようにしっかり掴みながら、ロクスタは尋ねた。
店の前で別れた男がややこざっぱりした姿で戻って来たのに手を振り、合流すると、またしても先程監視していた食堂へ戻る。
「これから、オジサンにはお姉さんとあの店に入ってもらって、市にお姉さんを出品してもらう」
事もなげに言い放つので、ロクスタは絶句した。そんな彼女を横目で見ながら、男が疑問を差し挟む。
「出品、の方で?てっきり綺麗にしたから金持ちにでも化けて買いに行くんだと思ったんスが」
無言で縦に首を振る彼女を見て、レイジーは口の端を少し上げて、自分は横方向に振る。
「買う金はない。とりあえず、参加して出品者にイーチェクがいないか調べて。指輪があったら盗ってきてもいいよ」
「しかし……盗品の市ですぜ」
今や怒りで震え始めたロクスタを視線から外し、再度問い掛ける。
「目玉商品になるだろう。『深遠なる森』の国に喧嘩を売った稀代の薬師、おまけに『心縛りの血』つき。騎士に追われ身を守るために誰か買ってもらおうと、売り込みに来た、という訳さ」
ロクスタは、恐怖で震えてくる。
年下で気安い少年なので忘れがちだったが、自分は彼にとっては捕虜でしかないのだ。
分かり切ったことなのに、胸が痛い。