19話
一晩休み、疲れの取れたボッシュはレイジー達に聞き込みをさせるべく、簡単な地図と店名の書かれた紙を渡し、自分も地元騎士から得た情報を元に捜索を開始しようとしていた。
「おい、ちょっと待ってくれ」
二人から遅れて宿を出ようとしていると、主人のコンラートに呼び止められる。話を聞くために立ち止まれば、一瞬の逡巡のあと、コンラートは口を開いた。
「俺の義弟、オットーが行方知れずなんだが……あの二人に頼まれて何かを調べると言って出て行ったきりで」
あの二人の頼みごとは、つまりは自分の任務である。ボッシュは背筋を伸ばし、一呼吸置いてから当たり障りのない説明をする。
「詳しくは言えませんが、ある重要な任務で二人に協力してもらっています。あなたのご家族を巻き込んだ様で申し訳ないのですが、ご理解下さい」
言いながらひどい言い訳だと感じるが、自分ではもうどうしようもない状況にいる。彼は最近しきりに痛む胃の辺りを擦りながら、もう一度「申し訳ない」と呟いて、無言で頷く男の強い視線を背中に感じながら、足早に宿を後にした。
「あいつら…言っとけよ」
宿から離れ、ため息混じりに呟く。
捕らえた犯人を引き渡すわずかな間、先輩騎士にはさんざん叱責された。
取り戻した手紙の事には触れられず、指輪が無い事と犯人の一人を協力者として自由にさせている事。気が短いほうではないボッシュでも流石に反抗したくなったが、相手は怪我人なのでなんとか堪えたのだった。
「この店ね」
レイジーとロクスタは、ボッシュに言われた店に辿り着いていた。
薄暗い、うらぶれた食堂。
外から目を凝らして中の様子を伺っていると、店の横の狭い通路から男が上半身を乗り出して手を振っているのが見えた。
顔に新しい擦り傷が目立つ彼は、レイジーが叩きのめした中の一人。
「いやぁ、お二方!何でここが分かったんで?」
二人が近づくと、感心したような、残念そうな複雑な表情で出迎えられた。
「別口の情報でね。ここは何だ?」
レイジーはさして興味も無さそうに問い掛けた。
「最近、色んな奴が集まってるんでちょちょっと聞いてみたんですがね、そろそろ市が立つみたいでさ。俺なんかでも知ってる大物も顔を見せてました」
男は得意げに小鼻を膨らませて言うと、更に声をひそめた。
「で、一体、どんな御用向きで?賞金首でも追ってるんですかい?お役人にゃあ見えねぇが」
レイジーは男の疑問には直接答えず、腕を組んで思案する。ここで店に入って聞いたとしても、横に繋がりのない自分達では相手にされないだろう。
自分にしてもボッシュにしても、明らかに裏社会の人間には見えない。相手にされずに叩き出されるのがオチだ。
「う〜ん、やっぱお姉さんを使うしかないかぁ。ちょっといじって…オジサンが出品者…」
ロクスタと男は、ぶつぶつ呟くレイジーを見、それから視線を交わした。
「な、一体何の事なんだ?アンタ等は」
「アレは放っておきなさいよ。それより、イーチェクって男については何かないの?」
男はごつい体を小さくしてロクスタから顔を逸らせ、首を振った。
「俺が探ったとこには居なかったよ。他の兄弟には会ってねぇ」
二人してため息をついていると、静かな路地にレイジーが両手を叩き合わせる音が響いた。
「じゃあ、服屋に行こう」
二人は唾を飲み込み、何が「じゃあ」なのかを相手に聞かせようと互いに肘で突き合っていたが、結局諦めたのだった。
新年一発目がこんなんでごめんなさい。