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17話



サワサワと、柔らかいもので顔を撫でられている気がして、ロクスタは顔をしかめた。夢現つで手を挙げて振り払う仕草をして、寝返りをうつ。

再び深い眠りに落ちようとしたところで、今度は呼吸が苦しくなってきたことに気が付いた。 


鼻が詰まっているのか、顔の上に何か乗っているか。軽く呻いて手を伸ばすと、柔らかいものに触れ、ぼんやりとしながらそれを掴んだ。

ぼやけた意識と視界が段々はっきりしてくると、自分が掴んでいる手は鼻を摘んでいることに気付く。


何故、鼻を摘まれているのか?

不審に思いながら掴んでいる手を外そうとして引っ張れば、当然のように自分の鼻も引っ張られて痛みで飛び起きた。



「なに、してるのよ」



寝起きの擦れた声を絞り出して見れば、手の持ち主は彼女の枕元に腰掛け、不思議そうな顔で首を傾げていた。


柔らかそうな黒髪は解かれてさらりと肩に流れ、肌の白さを引き立てている。美しい瞳は海を固めた宝石のように深く濃い色をして、片方だけしかないのが惜しまれる。


ロクスタは相変わらず鼻を摘まれたまま、手を伸ばしてレイジーの傷跡を隠す黒い布にかすかに触れた。


「もったいない…」


呟いた声が鼻声で、自分のおかれた間抜けな状況を思い出した。


ベッドの上で互いの顔に触れ合う男女。艶めいた時間であるはずなのに、片方が鼻を摘むだけで喜劇に変わる。



「…お姉さん、本当によく今まで無事に生きてこられたね。夕食の時間だよ」


しみじみと呟き、レイジーはようやく手を離した。


声を掛けてもロクスタがなかなか起きなかったため、面白半分でくすぐったり鼻を摘んでいたのだが、ここまで寝汚いとは思わなかったのだ。


慣れた手つきで髪を編みながら、ごそごそ身仕度を整えている年上の女性を観察する。


明るい茶色の髪は無造作にまとめられ、単なる革紐で縛られている。よくよく見れば茶色の中には赤や金が混じっており、きちんと手入れをしてやれば美しくなるだろう。地味で大人し目の顔も、だからこそ化粧が生えるはず。

ロクスタは意図的に目立たない自分を作り上げているように見える。後ろ暗いところのある身では当然の事なのだが。


「明日はお姉さんで遊ぼうかな」


ふと思いついて言ってみると、彼女が顔を上げて目が合う。茶色の目は窓から入る夕陽に照らされ、金色に光っていた。思わずレイジーが微笑むと、何を勘違いしたのか眉をひそめて不安そうな顔に変わっていく。


それはそれで面白い。


誤解を解かぬままロクスタを促して、食事をするために部屋を出て行った。


店主が手ずから調理したという夕食は味も盛り付けも繊細で、とても筋骨隆々な男の手が生み出したとは思えないものだった。


白い大きな皿には柔らかく煮込まれた肉や焼いて色鮮やかになった野菜が盛り付けられ、スープの中には飾り切りされた小さな野菜が浮き沈みしている。

そして、店主の妻が毎日焼くというパンは食べ放題である。


「食べ物が可愛いと思ったのは初めてだよ」


「同感だわ。都会ではこうなのかしら?」


二人は夢中で食べ、この宿の儲けについて他人事ながら心配した。二人は満足して部屋に戻ると、再び惰眠を貪る為にベッドに潜り込んだ。




その夜、オットーは戻らなかった。


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