15話
騎士に言伝を頼み、宿に戻る途中。
ぶらぶらとしながら時に小さな露店を冷やかし、レイジーは街歩きを楽しんでいた。
一見して何を扱っているか解らない店には、店主も客も胡散臭いのが巣食っている。この街ではそんな店の方が多く見受けられた。
「さっきの人が上手く情報を集めてくれたら楽なんだけどね。見つからなかったら……」
レイジーは呟きながら、ロクスタをじっと見つめた。彼女は何となく嫌な予感がして、歩みを止めて言葉の続きを待ってしまう。
「あんたを街中歩かせたら向こうから寄って来るかもね!裏切った事を噂で流しておいたら、口封じに来ると思わない?」
ロクスタは予想通りの言葉に身を震わせた。怯えと激しい怒りで。
対象が自分でなければ全くすばらしい考えだとは思うが、それは普通当人には言わないだろう。
「あんたって本当、外道。普通か弱い女を囮に使わないでしょう」
「あ〜、自分で言う?恥ずかしくない?だったらお姉さんはいい案があるの?」
恐らく成人年齢に達しようという男が口を尖らせているのを見れば、大抵の人は頭を叩きたくなるだろう。だが、この場合は。
顔はいいのよね、顔だけ。こんなに可愛いのに。
「雇われてるのはアンタなんだから、しっかり自分で働きなさいよ。目立つお顔を使って、酒場でもさっきみたいな店ででも聞いて回ればいいじゃないの」
「面倒」
八つ当りまがいのロクスタの言葉に、一言で返答したレイジーは欠伸をしながら大きく伸びをした。
「こんな所で不毛な争いしてないで、戻って寝よう」
レイジーは自分から話題をさっさと切り上げて、再び宿を目指した。
真面目な騎士が合流すれば彼が働くだろう。そもそもこれはこの国の問題なのだから。
込み入った道を急いでいると、後ろから人が歩いてくる気配がする。正確には、気付かれないように足音を殺し、襲う機会を推し量るような息を詰めた緊張感。レイジーは自分が足音をたてないので、他人のそれがよく聞こえる。
そして、漂う悪臭。
酒臭い――騎士ではなく、物盗りか、女を狙っているか。面倒。眠いのに。
白い指で鼻の下を擦り、顔をしかめる。
後方の気配が何であれ、敵対者には間違いない。ロクスタを伺うと、どうやら彼女も気付いた様で、強ばった表情の目と目が合った。
レイジーは彼女を見て微笑んだ。別に安心させようと思ったわけではなく、反応が見たかったからで――思った通り、狼狽して顔色が更に悪くなり、視線が振れて救いを求めるようにさ迷う。
「くっ、くくく」
堪え切れずに漏れた笑いを噛み殺すと、ロクスタの目が一瞬丸くなり、それから釣り上がった。
だが、何事か叫ぼうとした彼女を別人の声が遮った。
「逃げ場はねぇぞ、お嬢さん方」
入り組んだ街の、袋小路。人影のない行き止まりに追い詰められ、半円状に展開する男達に囲まれていた。
半笑いで首を傾げ、男達を見返すレイジーと、苦虫を噛み潰したような顔で煉瓦の壁に張りつくロクスタ。
「お前等何モンだぁ?詰め所から出て来やがったな」
「迷子になって道を聞いたんだよ」
じりじりと距離を詰めてくるのに平然として返事をするレイジーに、ロクスタは慌てて袖を引っ張る。
「あぁ、ええと何か用?お姉さんが気にしてるんだけど」
「まぁ、大した用じゃねぇぜ?お前さんからはその大層な剣を頂いて、あとは二人共商人に買い取ってもらうのよ」
その言葉に、男達が顔を見合わせて哄笑する。そして何故かレイジーも笑った。
「お姉さんが高く売れるとは思えないけど」
「だからアンタどういう意味よ!」
「失ったものは取り戻せないよ…年齢とか」
途端に真面目な顔で言うレイジー。ロクスタは顔を赤くして、怒りの余り声も出なくなった。
「年増がいいっていう男もいるもんだぜ、坊や」
人攫いに取り成されても。
ロクスタは急激に頭が冷えた。
「そういうものか」
レイジーは呟き、ロクスタの肩を叩いた。
「よかったね。じゃあ隅っこでしゃがんで、後ろ向いててよ」
困惑するロクスタに、レイジーは再度促した。
冷えた眼差しに、薄笑いを浮かべて。
「間違えて、殺しちゃうといけないから」
目を顔に皺が寄るほど強く閉じ、しゃがんで頭を抱えた。ロクスタは直接的な戦闘には縁が無い。むしろ苦手な部類に入る。
「ぐわっ」
「止めてくれぇっ」
「化け物!」
鈍い音と、男達の悲鳴。男達の悲鳴だけ。相手は10人は下らない。どう考えても勝ち目はなかった、のに。
「さあ帰って寝よう」
いつもと変わらない少年の声に振り向くと、ごろごろと横たわり呻いている男達と、すっきりした顔で自分を見ているレイジーが目に入った。
「…もう…気にしないわ。気にしたら負けよ」
ロクスタは自分に言い聞かせ、見たくないものを意識的に排除した。
自分も帰ったら寝よう。
陰険漫才。