12話
目的の街。
人が増えるにつれて無計画に広がった街は、慣れた者でないと一晩かかっても目的地に辿り着けない。
或いは、途中で姿を消すという。
区画整理されていない街では巡回騎士の目が行き届かず、住民は仕方なく自警団を組織したり個別に傭兵を雇ったりしたが、利害が絡めばそれらは簡単に矛先を変えた。
「なんとも混沌としたところだな。皆悪そうな顔してるよね」
レイジーは目を細めて辺りを見回しながら呟いた。
今はロクスタを馬にのせ、彼が手綱を引いている。
彼女は街の門から歩いたほんの僅かな間に、様々な視線に曝されて居心地が悪そうにしている。
視線だけでなく、怪しい薬品を売り付けようとしたり(精力剤だった)「間に合ってるよ」、ロクスタを買おうとしたり「また今度ね」、レイジーを買おうとしたり。
「面と向かって値段を聞かれたのは初めてだ」
「喜んでないで、離れたほうがいいわ。宿を探して落ち着きましょう」
怒るよりも驚きが勝り、ロクスタの衣を引いてレイジーが言うと、彼女は声を潜めて答えた。
放っておけば、興味をひかれたとかそんな理由でついて行きかねない。
「それに、騎士団の詰め所があった筈。ちゃんと連絡しないとこの街では待ち合わせなんてできないわよ」
「それもそうか。…でもやっぱり、お姉さんなんでそんなやる気なの」
面倒臭そうに馬を引いて再び歩きだしたレイジーは、片手で客引きをあしらいながら言う。
「誰だって面倒事は少ないほうがいいでしょうが!」
ロクスタは叱り付けながら自分にも言い聞かせる。
向こうが先に裏切りに気付けば、面倒どころの騒ぎではないのだと。
「おーい、あんた。安全な宿を知らないか?出来るだけ安くさ」
ロクスタの言葉を受けて、レイジーはまとわり付いていた客引きの一人に声をかけた。
貧相な風体のその男は、身なりは安っぽいものの髪や手は清潔にしてある。
「おぉ、若様!それならご案内しますぜ。どうぞこちらへ……奥様ですかな」
「くっ、お姉様だよ」
調子の良い客引きに合わせて、笑いを堪えながら答えたレイジーを睨み付けながらも、ロクスタは無言だった。母親と言われなかっただけでもいいか、と些か消極的に考えたのだった。
階段を降りたり昇ったりして辿り着いたのは、地味ではあるがきちんと店周りから整えられた宿だった。
「こちらはちょいと狭いが店主がこの街には珍しく善良でしてね。女性の一人旅でもお薦めできる程でさ」
案内の男は得意げに言い、扉を押した。
「さぁどうぞ。馬は裏ですぜ」
「ん、お姉さん、先に中で待ってて」
そう言って馬を引いていくレイジーの後ろ姿を見送って、自分が逃げたらどうするつもりか、とロクスタは思う。あの少年のことだから、と想像してみる。
きっと対応は極端に違いない。見逃すか、殺すか。
自分の想像に身震いしながら、彼女はそそくさと暖かい店内へ入った。
酒類を扱わない食事付宿屋は、世間一般の基準から見ても上等の部類だった。
床は掃き清められ、食べかすが落ちていない。
机や椅子は研かれ、きちんと並べられている。
座っている数少ない客も、身なりは決して上等では無いが、行儀よく食事をしている。
「どうしてこの店には『普通』の客だけなんだろう」
感心して眺めていたロクスタの背後に、知らぬ間にレイジーが立っていた。
足音がしなかった!
吐息さえ感じられる距離に近づかれたのに、声がするまで解らなかったのだ。
不自然にならないよう、じわりと足を動かして離れながら、ロクスタは頷いた。
「それは店主に会えば解りますぜ」
案内の男はやけに嬉しそうに、カウンターの奥を指差した。
「親父さん、お客さんだ、お二人様だよ」
男の声に応じて現れた店主を見て、二人は思わず絶句した。そんな二人を見て、男は悪戯が成功した子供のように手を叩いて喜ぶ。
店主は戸口に頭がつく程背が高く、筋骨隆々として丸太のような腕をしている。癖の強い赤毛を頭の後ろでしばり、渦を描くようなそれを肩の下まで伸ばしている。
簡素な黒い上下に白い前掛けを着けて、格好は有りふれているが、眼光鋭い灰色の目は見る者の背筋を正す威力があった。
「はっは、まぁお二人共、そんなに緊張なさらず。見た目はこれですが噛みつきはしませんぜ」
さもおかしげに言う男をジロリと見やって、店主はレイジーとロクスタをゆっくりと見つめた。
「二人で泊まりたいんだけど。用事がどのくらいかかるか解らないから、とりあえず十日分払っとくね?」
最初の衝撃から立ち直ったレイジーがおずおずと切り出すと、店主は重々しく頷いた。
「いらっしゃい。部屋は二階の左から三番目」
それだけを言うと、ゴトリと大きな番号札の着いた鍵をカウンターへのせる。
「お金払っといて。荷物置いてくる。あ、おじさん聞きたいことあるからちょっと待ってて」
レイジーは懐から革袋を出してロクスタに投げ、鍵と荷物を手に階段を昇っていった。
逃げたな。
ロクスタは引きつった笑いを浮かべながら、レイジーを罵った。こうなれば、店主の言い値で払ってやる。旅費が減れば自分も困ることを忘れ、ロクスタは細やかな嫌がらせを決めた。