バター、ついに溶ける
トーストに、硬いバターを塗りたくる。バターが硬過ぎてトーストが負けた。この凹んだパン、冬だな。早く春にならんかな。
がちがちのバターに負けるパンは、私みたいだ。バターの重さに耐えられずに、春が来るのを、じっと待っている。いつ来るかも知らずに。
「なんでお前、いっつもそんな勉強してんの?」
なんだこいつ、学年一位が、嫌味かよ。腹立つ野郎だ。
「なんだっていいでしょ」
「いや、そんな頑張る理由があるのかなあって。純粋な疑問」
「バカにしてんの?」
「まさか、尊敬してるよ。俺はテスト前以外勉強したくないからな」
腹立つ、腹立つが認めざるを得ない。こいつと私じゃ、きっと地頭が違うんだろう。頑張って頑張って万年二位の私と、ちょっと勉強しただけで毎回学年一位のこいつ。こいつのパンは、バターには負けないだろうな。これからはこいつをフランスパンと呼ぼう。
「その問題、まじでむずいよな。俺も最初わかんなかった」
今はわかるって自慢したいのか? 生意気なやつめ。私は20分この問題と格闘してるというのに。
「バカにしてんの?」
「まさか、尊敬してるよ」
バカにしているようだ。
「ため息つくなよ」
ため息ぐらい吐かせてくれ。学年一位、サッカー部エース、顔はイケメン、神はどうしてこいつにこんな属性をほいほい与えたんだ?
「なんで勉強してんの?」
こいつは壊れたロボットか? そんなに知りたいなら教えてやるよ。
「学年一位になったら、スマホ買ってくれるらしいから」
フランスパンは目を見開いてびっくりしている。そりゃそうか、今の時代にそぐわない教育方針だ。
「あー、大変なんだな。聞いて悪かった」
そう、こいつはいいやつ属性も持ち合わせてやがる。いいやつなんだよな。
「謝らないで、代わりにこの問題教えて」
そう、こいつは勉強も教えてくれる、いいやつだ。もっと、すごい嫌なやつだったら、恨むことができたのに。
まだ、春は来ない。今日のトーストも、バターに負けて凹んだ。
「勉強は、最近頑張ってるの」
「うん、頑張ってるよ」
「お父さんみたいに、弁護士の先生になるために、頑張るのよ。学年一位を目指しなさい」
「うん、頑張る」
弁護士になりたいなんて、一言もいったことないよ、お母さん。
今回も学年二位だろうな。手応えは、いつもと同じだった。成績を確認すると、やっぱり二位だ。
「今回は、まじで難しかったよな」
「そうだね。今回も一位だった?」
「うん、そっちは?」
「二位だよ。変わらずに」
きっと変わらない、ずっと変わらないんだろう。この関係も、母との関係も、私が勉強し続けるのも。
「なあ、なんで勉強してんの?」
「何度目の問いだよ。こないだ答えただろ」
「ずっと、苦しそうだから」
やめろよ、泣きそうになる。
「じゃあ、次のテスト手加減してよ」
「それで満足するんか」
するわけねえだろ。
「バカにしてんの?」
「してない。俺はお前をずっと尊敬してるよ」
バカにしてないなら、じゃあ、じゃあ、
「なんでそんなに私に優しくするの?」
「え、まだ気づかん? お前のこと好きだからだけど」
バターが急激に溶けて、私に染み込む。
「なるほど、これが恋だ。私も、あなたのこと好きみたい」




