第92話 ファングラン公爵家
「ジュアシルト侯爵子息様。それで婚約者の方とご一緒ではないのですか?」
このような場に顔をだすというのは、婚約者の紹介を上位貴族の方たちにするためだと考えました。
しかしそのような令嬢は近くに見当たりません。
早く何処かに行って欲しいです。
レクスがジジイと話をしているので、ジジイと一緒に来られたら思いっきり蹴りそうです。
そう、近づく殿方に使うように言われた凶器をです。もちろんレクスにです。
「あ……いや、それが……」
青い顔色をしたジュアシルト侯爵子息が歯切れ悪い感じで言っています。
そして、とある集団のほうに視線を向けました。
……見なかったことにします。
「そうですか。大変ですね。取り敢えず、噂の件は侯爵様に頼んでみればいかがでしょうか? あとは婚約者様とご挨拶回りを頑張ってください」
私はラドベルトの背後で手を振って、ジュアシルト侯爵子息を追い返します。
もう何処かに行ってください。
それから、婚約者がいるにも関わらず、どこぞかの殿方に話しかけようと集団化している中からご令嬢を引っ張り出してくださいね。
すごすごと背を向けて去って行くジュアシルト侯爵子息。あの? そっちは婚約者のご令嬢がいるほうではありませんよ。
「ラドベルト子爵。あの集団の中心におかしな物体がいるのですが、幻覚でしょうか?」
「大丈夫だ。俺もその幻覚を見ている」
二人して幻覚を見ているということは、本物ということですか。
「何をしに来ているのでしょうか?」
「さぁ? あのお方の考えは昔から理解できたことはねぇ」
そんな雑談をしているとファングラン公爵家の方々が入場する声が聞こえてきました。
このパーティーの主催者です。
盛大な音楽と拍手で出迎えます。
そして私はここでなんとも言えない事実に気がついてしまったのです。
「ラドベルト。あれが公爵なのか?」
私はラドベルトの背後から見た公爵の姿に驚きました。金髪なのです。ファングランの黒ではないのです。
そして、遠目でもわかる赤くない瞳。緑色なのです。
そしてファングラン公爵夫人は銀髪の青い瞳。
そうすると、後に続く子どもたちの容姿もわかってしまうというもの。
嫡男のファングラン公爵子息は金髪青目ですね。
次男の私によく絡んでくる見習い騎士ファングランは黒髪に赤目。
妹と思われる二人の令嬢は銀髪です。
この家族でファングランの色を受け継いでいるのが次男の坊っちゃんしかいないという事実。
そうだったのですか。
レクスの名をよく出すと思っていましたが、一人だけ異質なのです。
唯一ファングランの色を受け継いだ者なのに、異質だと目に映ってしまうのです。
「ああ、嬢ちゃんは王都にこなかったものな。ファングラン公爵様はあのお方だ」
「本当に何を考えているんだレクスは」
どう見ても、これだとファングラン公爵家を継ぐのはレクスだったはずです。
そして使用人の方々の考えも同じときました。
何故、どうして……ファングラン公爵家を継ごうとしなかったのです。
「そう言われてもなぁ。団長は国の武力の象徴というべきだからな。下手な者はつけられないよな」
そのとおりです。ですが、王家の闇を担うファングラン公爵家の役目も重要でしょう。
「はぁ〜」
この問題がかなり大きいことにため息が出てしまいました。
団長の後任といってもすぐに用意できるものでもありません。
ええ、知っている者が何人か将校として騎士団に残っていますが、団長というにはなにか足りないものがあります。
一番は知名度です。ファングラン公爵家という名を持つレクスに匹敵する人材がいないのです。
確かに伯父であるセレグアーゼの名は帝国の抑止には使えますが、表にでない特殊部隊なので国内ではそこまで名を知られていません。
そう考えると『戦場の死神』という英雄は、国民から認知されるのにいい存在でした。
噂には事欠きませんから。
「皆よく集まってくれた……」
公爵様のご挨拶が始まったようです。
私は身体を前に倒し、礼の姿をとります。
……話が長いです。
季節の挨拶から始まり、家族を褒める話をし、次男が騎士団に入った話から、今回の野盗討伐の話になり、息子が見習い騎士ながら活躍したと……は?
「嬢ちゃん。殺気が漏れている」
ラドベルトに指摘をされて、殺気を抑えます。
そして兄であるレクスを称えて、さすが騎士団団長だと。
それから、どうでもいい貴族界隈の話が続いたのです。
そろそろヒールを床に投げ出してもいいかと思っていたところで、パーティーの始まりの声がかかったのでした。
「皆のもの今宵は楽しんでくれたまえ」
その言葉と同時に優雅な音楽が鳴り始め、公爵と夫人が会場中央で踊りだしました。
「はぁ、俺の背後で殺気立たないでください。もう膝がガクガクです」
「ラドベルト。片足は義足だから大丈夫です」
「どういう理屈ですか。勘弁してください。このあと陛下の前にでることになっているのですから」
何故かラドベルトが敬語になってしまっています。
何故敬語なのかと問おうとしたところで、私の手が横に引っ張られてしまいました。え? 誰です?
「貴女もこのパーティーに来ていたのですか。私を助けると思ってダンスを踊ってくださいませんか」
突然、私の手を取って話しかけてきた者を私は睨みつけました。
「あ?」
「嬢ちゃん。だから殺気が漏れているんだって」




