第56話 趣味です
「隊長」
そう言ってレクスは隣にいる私の両手を掴んできました。
「隊長は私が幸せにします」
「……レクス。何の話をしている?」
今の話からどうして、そのような言葉が出てくるのですか?
「財力はありますから、何一つ不自由することはありません」
「はぁ」
「専属のパティシエがおりますので、ケーキも食べ放題です」
「ん?」
「ご存知の通り広い訓練場があるので、存分に訓練もできます」
「確かに……」
「なので、私と一緒にいてくださいね」
……エストさん。強引に自分の願いを叶える気満々のレクスがいるのですが?
私が遠い目になっていると馬車がガタンと揺れて止まりました。
そして外から扉が開かれます。
どうやら、鍛冶師の店主の店に着いたようです。
「隊長。まいりましょう」
「はぁ、隊長呼びを止めてくださいね」
何度言っても直らないので、もう、人前で言わなければいいです。
そう注意してレクスの手をとって馬車を降りたのでした。
「なんじゃい! 今日は嬢ちゃんの格好か!」
はっ! 鍛冶師の店主には私が女ということが体格からバレているのでした。
「趣味です! 姉のエプロンドレスを着てケーキを食べるのが趣味なのです!」
「必死に言い訳せんでもいいわい! そういうことにしておいてやる」
そういうことにしてくれるそうです。
「それで、頼んでいたものを見せてもらえないだろうか」
レクスが注文していたものができたので、店主が呼び出したのですね。
きっとレクスに使い勝手を見てもらうために呼び出したのでしょう。
私はすすっと後ろに下がります。
私は関係ありませんからね。
「そんな後ろにいたら、確認してもらえないですか」
それなのに、レクスが私を前に押し出してきました。
「これじゃい!」
その私の前にある店のカウンターに一振りの剣が置かれました。
「ショートソードより少し大きい。それに湾曲している」
「そうじゃい。嬢ちゃん……従騎士の坊っちゃんが持つには少し長いのじゃが、刃を湾曲させることで、使いやすいはずじゃい!」
はずですか……って私のための剣ですか?
私は背後にいるレクスを振り返りながら見上げます。
「これ……」
「騎士の剣ではありませんが、今のままでは、存分に戦うこともままならないでしょうから」
確かに私が持っているショートソードでは、本気で戦えないのは本当のことです。
「しかし、私の剣の素材になるようなものなど簡単に手に入るものでは」
「この前のヤツを潰して打ち直したので、購入済みのやつじゃわい!」
この前のやつというのは、あのここで見せられた鎧ですよね? 鎧を潰して剣にしたのですか?
「あの鎧を剣にとか勿体なさ過ぎます」
「何を言っておる、剣は元からあったわい。鎧の素材と剣の素材が同じはずなかろうが!」
……そんなこと知りませんよ。素材云々についてはド素人なので、そういうことは職人任せです。
「裏で試しに使ってみるとよい!」
そう言って店主は裏口の扉を開いてくれました。
私はカウンターの上にある剣を手に取り、裏庭に向かいます。
そこには既にいくつもの木の棒が立てられていました。準備万端ではないですか。
剣の柄を手に取ります。手を守るように護拳があります。
そして鞘から剣を抜きました。
片手剣より剣幅が細いですが、レイピアほどではありません。
軽く振ります。
いい感じです。剣の重心がブレることがありません。
ふぅっと白い冷気が混じった息を吐き出します。
そして、動かない的に向かって剣を振り下ろしました。
次々と立っている木の棒に剣を振るい、とんと店主の前に立ちました。
切られた木が地面に落ちていく音を聞きながら、剣を鞘に収めます。
「流石です! 素晴らしいです」
「いや、動かない棒だし……」
レクスが褒めてくれますが、ただの棒ですからね。
「それでどうじゃい!」
「うーん? 別にいいのですが」
「別にとは何じゃ! 別にとは!」
「この護拳って必要ですか?」
「今の流行りじゃ」
「じゃ、当たって邪魔なので取外してください。あと……」
「まだあるんかい!」
「以前から思っていたのですが、ここにこういうものをつけてですね」
「強度が落ちるわい!」
「そこをなんとかするのが職人ですよね」
「いらんものはつけん!」
「流行りの護拳をつけたのに?」
「うぐっ。貴族っていうやつは装飾を好むものであろう」
「実用的でお願いします」
「こんなものがいるのか!」
「趣味です!」
そして、色々意見を言って、剣を店主に差し戻しました。
「はぁ、こんな口うるさい客は久しぶりじゃわい」
という店主の小言を背中に、店を出たのでした。




