第55話 捨てたのです
「で、誰がこんな恥ずかしい墓標にしようといい出したのだ?」
地面に降り立った私は、どこの偉人の墓標かというものを指してレクスに問い詰めました。
「私です」
レクスですか! ただの従騎士にそんな権限があるのですか?
あ、ファングラン公爵子息という権力ですか?
「多くの者達は銅像にしようという案に賛成しておりました」
「いやぁぁぁぁぁ! 何? 銅像って!」
「そうですよね? 隊長の素晴らしさを銅像ごときで表現できるはずはないですよね」
「いや、そこも共感できない」
レクスのお陰で小っ恥ずかしい銅像が建てられるのを防ぐことができたようですが、こんな墓標も恥ずかしいです。
思ってもみなかった衝撃にフラフラと、前世の母の墓標の前に行きます。
兄と父の墓の中には何も入っていませんからね。
墓に花と先ほどかったワインを供えます。
やはり、ここに来ても何も言葉は浮かんではきません。
もう、私は赤の他人です。彼女にすがることも、私を見てほしいと思うこともありません。
母が我が子を失い、嫌がらせのように兄の墓にカラエの草を植えたときのことはよく覚えています。
『私からこれ以上何も奪うな。誰も近づくな』
そう言っていた母の姿が印象に残っています。そして母は病んでいきました。
私がいるのに、私が見えていない母。
「隊長?」
「レクス。また隊長呼びになっていると言いましたよ。それから、夕刻の鐘がなりましたので、私は帰りますね」
丁度御者に迎えに来て欲しいと言っていた時刻になったようです。
王都中に刻を知らせる鐘が鳴り響いています。
予想外のことに精神的に疲れました。
「お嬢様。マルトレディル伯爵家にはこちらでお送りいたしますと、使いを出しておりますゆえ、どうぞ馬車にお乗りくださいませ」
いつの間にか戻ってきたエストが、頭を下げなから言ってきました。いつの間にそのような……前回も同じようなことを言われましたわね。
「普通に送っていただけるのであれば、乗りますが……」
前回はレクスの屋敷に連行されたのですよね。
「え? まだ、デートの途中です」
「レクス、いつデートになったのですか?」
レクスがよくわからないことを言ってきました。だから、デートというのは親密な関係の男女が、一緒に街を歩いたり食事をしたり、観光したりとかすることですわよね。
団長と従騎士とは親密な関係……よく分からなくなってきましたが、これはデートではなく、私の休日にレクスが割り込んでいるだけです。
「鍛冶師ドレクが暇なときに寄って欲しいと連絡があったので、一緒にいきませんか?」
「それって私に何が関係するのです?」
「隊長……メリーナと一緒に行きたいのです」
「はぁ……」
よくわかりませんが、鍛冶師の店主がレクスを呼びつけているようです。普通は貴族を呼びつけようとする商人などいませんのに、さすが頑固者の店主と言ったところでしょうか。
こうして、レクス曰くデートというモノに連行されてしまいました。
日が傾き、長く伸びた影が王都をおおう中、馬車が走っていきます。下街とは離れた墓地にいましたので、目的地まで少し時間がかかっているようです。
「先ほどメリーナが花を供えていたのは、どなたの墓なのですか?」
夕焼け色に染まる空を見ている私にレクスが話しかけていました。
「気になりますか?」
今の私にとって関係のない墓です。
「そうですね。思い返せば隊長のご家族のことを知らないと思ったのです」
「死人の家族など、今更必要ないでしょう」
「では、なぜあのような表情をされていたのですか?」
あのような表情とは、どういうことでしょう?
「さぁ? 私にはどんな表情をしていたのか、自分では見えないのでわかりませんね」
「では、あの花は母君が植えたとおっしゃっておられましたが、アレがどういう効力があるのか知らずに植えたのですか?」
「質問が多いですね。レクス」
「はい、今日だけでもまだまだ隊長のことをよく知らないのだと痛感いたしました」
知らなくて当然です。
私はフェリラン子爵家のことについて、誰かに話したことはありませんもの。
ただ、カフェのマスターが残された私たちのことを心配してくださっただけのこと。
「前世の母は知っていましたよ。あれに夫と息子を殺されたようなものですから」
「他人事のように言うのですね」
「今は他人です」
母はよくも悪くも貴族でした。
私が物心ついた頃、使用人は母の侍女しかおらず、父が遺した財産と遺族年金でギリギリ生活していました。
そして兄が騎士団に入る頃に遺族年金は打ち切りにされ、兄が送ってくれる仕送りが、私たちの家計を支えていたのです。
今思えば母の実家に頼れば良かったと思いますが、貴族としてのプライドがそれを許さなかったのでしょうね。
「母はアレを墓に捨てたのです」
「捨てたのですか?」
「はい、ハイラディの力に囚われた二人と共に捨てたのです」
母にとって兄の死が、すべてを憎むことへと、変わってしまったのだと思います。
「これは私の予想ですが、ハイラディ侯爵家の長男を夫とした自分に夢を抱きすぎたのかもしれません。そしてハイラディの力を扱えた兄が、ハイラディ団長に取り立ててもらえることに期待しすぎたのかもしれません。またセリアラール伯爵家で暮らした日々を夢見たのかもしれません」
私には前世の母の思いは知りません。
なぜなら彼女は私には何も期待していませんでしたから。
「はぁ、つまらない話です。こんなことよりも楽しい話をしたほうが、有意義ですよ」
私はニコリと笑みを浮かべ、レクスを見上げました。
暗い顔をしていては不幸が寄って来るだけですからね。




