第52話 狂暴な姉
「ラドベルト! よく止めてくれた! この狂暴なあね……ぐはっ!」
私のことを姉と言いかけたダラニアールの先ほどとは反対側の頬を殴ります。
そして、レクスの方に視線を向けました。
「レクス。待ってあげますから、お呼び出しに行ってきてください」
私はダラニアールの茶色の髪を掴んだまま言います。これを口止めするにはレクスが邪魔です。
「わかりました! すぐに戻ってきます」
レクスはそう言って立ち上がり、その姿をかき消すように消えていきました。
この私が目視できないなんて、ファングラン家。怖いですわ。
「なに? 団長の弱みを握っているのか! 恐ろし過ぎるぞ。マルトレディルの姉のほう!」
「私の名前をいつまでたっても覚えられないバカなオツムにわかりやすく教えてあげましょう」
私はタバコを吸って白煙をダラニアールに吹き付けながらいいます。
「その父の命令で、私は王都にいます。わかりますか?弟の代わりに王都にいるのです。騎士団の中で私を見かけてもマルトレディルと呼びなさい。いいですか。マルトレディルです。マ・ル・ト・レ・ディ・ルです」
私はニコリと笑みを浮かべながら言います。
はい、ダラニアールも元部下の一人です。しかし残念なほどおバカなのです。
ですが、彼の能力が重宝するのです。
探知能力。レクスの居場所を見つけ出したように、探知範囲が広範囲なのです。
王都内であれば簡単に見つけられるでしょう。
しかし残念なことに、その探知能力もお馬鹿なせいで、使用範囲が限られてしまっているのです。
そう、知っているものの魔力しか探せ出せないという使い勝手の悪さ。
しかし仲間への内密の伝達には重宝しました。『この紙を◯◯に渡せ』という簡単な命令なら使えるのです。
そのダラニアールにわかりやすく言い聞かせます。
「いや、それは駄目だろう。狂暴な姉……ぐはっ!」
「マルトレディルです」
「マルトレディルが騎士団になんて、死屍累々を生産するだけ」
「補佐官ダラニアール。それはもうやったあとだぞ」
ダラニアールの言葉にラドベルトが応えます。それはレクスが悪いのです。
入団試験と言って隊長クラスと戦わせるからです。
「なんだと! 俺は聞いていないぞ!」
「いや、団長の従騎士の話は噂で出回っているだろう」
「は?あれは、十五歳のくせに小さくて……」
「あ?誰が小さいだって?」
私は私のことを小さいというダラニアールに向かって殺気を放ちます。
思わず逃げようと腰を引くダラニアールですが、私に髪を掴まれたままなので、動けずにもがいていました。
「メリーナの嬢ちゃん。取り敢えず、柵から降りないか?」
ラドベルトに諭されたので、それはそうかと手にもつタバコを咥えてから、ダラニアールの胸ぐらを掴み、テラスの床に降り立ちます。
ということは、引きずられるようにダラニアールはテラスの床に落ちたのです。
「いてぇ! この馬鹿力。普通、大の大人を引きずるか?」
床に尻もちをついているダラニアールに視線を合わせるように私はしゃがみ込みます。
「それで、私の噂とは?」
「ああ?団長とできているっていうヤツだ……婚約破棄されてから婚約できないからって、団長に目をつけたのか! 団長が可哀想すぎるだろう!」
何故に可哀想という感想になるのですか?
それだと私が可哀想になりますよね?
「付きまとわれているのは私の方だ」
「嘘だ! 団長は隊長一筋だからありえないだろう!」
……それは間違いはありません。初っ端からバレて、背後霊化されていたのですから。
「まぁ、私の噂はいいです。それよりも、今後騎士団であってもこのような態度は止めてください」
「俺を脅そうっていうのか? 言っておくが今の俺は大将校という後ろ盾があるのだからな!」
使いっ走りですよね。
それを言うのであれば私もいいましょう。
「伯父様に言って秘密裏に処理することが可能ですよ」
「……何を処理をした! まさか俺をセレグアーゼに始末させようとしているのか! ……ヤバい。あいつは平気な顔で、それぐらいしていそうだ」
「ということでダラニアール騎士伯様。お使いご苦労さまでした。帰り道はお気をつけてください」
私は立ち上がって、ダラニアールを見下ろしながらいいます。
ガタガタ震えているダラニアールを背にして、店内のほうに入っていきました。
「マスター。お会計をお願いします」
ケーキを堪能したので、あとは買い物に行きましょう。
「先ほどラドベルト子爵がご精算してくださいましたので、大丈夫ですよ」
「え? ラドベルトが? 珈琲を奢ると言いましたのに」
テラスの方をみるとラドベルトの姿は既になく、走り去るダラニアールの背中が見えるだけでした。




