第50話 姉君にも挨拶をしないと
ラドベルトは店内でマスターと話をしてからテラス席にやってきました。
おそらく持って帰る用のケーキを注文したのでしょう。
「そう言えば、ラドベルト子爵令嬢はおいくつになられました?」
向かい側の席に腰を下ろすラドベルトに尋ねます。
実際に会うことはありませんが、ラドベルトから奥方に似た娘だと聞いたことがあります。
その話が出たときに父が『よかったねぇ。僕の子供たちは二人とも僕似だよ』と言ったのです。思わず拳を脇腹にねじ込みましたけどね。
「今年で十歳だな。最近は生意気なことばかり言うんだ。王太子殿下のお茶会の招待状をもらってこいとかな」
……王太子殿下? 確か今年で十六歳になると記憶にありますが?
「それは難しいな」
「ファングランの団長ほどなら簡単に手に入るだろうが、俺はただの騎士だからな」
レクスが難しいというように、高位貴族の令嬢ぐらいしか招待状は送られないでしょう。
しかし、婚約者が決まったとは聞いていませんので、婚約者探しのお茶会でも開かれているのでしょうか?
「メリーナの嬢ちゃんぐらいなら、ありえるだろうが」
私を見ながら、そういうことを言わないで欲しいです。ラドベルト。
「姉の噂は色々あるようなので、そもそも送られることはないでしょう」
「まぁ、それはそうだ」
私の言葉に納得するラドベルト。それもなんだか腹立たしいですわ。
どうせ私は、婚約者を殴った行き遅れのシエラメリーナですわよ。
「姉君の噂とは?」
あら? レクスは知らないのですか?
口が悪いディレニール元中隊長も噂をご存知でしたのに?
「知らないのであれば、知らないほうが良いですよ」
「しかし、いつか姉君にも挨拶をしないといけませんよね?」
「何故に?」
「ぶっ! ファングランの団長。シエラメリーナの嬢ちゃんに挨拶って」
私が本物のシエラメリーナと知っているラドベルトが、吹き出して笑い出しました。
しかし、従騎士の兄弟に挨拶とか普通はしませんよ。
「何を笑うことがあるのだ? 必要だろう? 騎士ラドベルト」
真面目に答えるレクスに、ますます笑い声が大きくなるラドベルト。
「楽しそうですね」
そこにおかわりの珈琲をマスターが持ってきてくれました。
「うるさくしてしまってすみません。マスター。ラドベルトのツボに嵌ってしまったようです」
「いえいえ、昔はもっと騒がしかったですので、これぐらいは問題ないですよ」
そう言われるとぐうの音も出ません。
前世では私が休みの日に、ここでケーキをバカ食いしているのが部下たちにバレていましたので、なにかとちょっかいをかけてくる部下たちがいたのですよ。
「あと、これはサービスです」
「これは! チョコレート!」
ハートの形をした赤や白、そしてダークブラウン色のチョコレートがお皿に盛られてテーブルの上に鎮座しました。
「ありがとうございます!」
さっそくパクリと食べます。ほろ苦さと甘さが調和したチョコレート。最高です!
「メリーナの嬢ちゃん。残骸からいくとケーキを食べた後だよな」
「ラドベルト。甘いものは別腹だという言葉を知らないのか?」
目の前にあった空の皿が引き上げられたので、チョコレートが盛られたお皿を引き寄せます。
そして隣をチラリと見上げました。
はぁ、何故に殺気をまといながら、ラドベルトを見ているのですか?
殺気を向けられているラドベルトは、いつも通りだと言わんばかりに苦笑いを浮かべていました。
昔からそうやってレクスをからかうから、殺気を向けられるのです。
「レクス。休日ぐらい楽しく過ごせ」
私はチョコレートを手に取りレクスの口元に持っていきます。
私のチョコレートを分けてあげますから、隣で殺気を放つのを止めて欲しいです。
するとレクスから驚いた視線を向けられ、オロオロと視線を漂わせ始めました。
甘くない方のブラックチョコレートでしたが、嫌いでしたか?
昔は食べていた記憶があるのですが?
いらないのであれば、私が食べます。
手を引っ込めようとすれば、手首を掴まれて、私が持つチョコレートをレクスはそのままパクリと食べました。
そのとき店内のほうから女性の悲鳴が……視線を向ければ、店内の奥にいるウエイトレスの女性と目が合いました。
それもトレイで顔を半分隠した姿です。
どうされたのでしょうか?
私が首を傾げていると、横から手が伸びてきて顔を反対側に向けられてしまいました。
「メリーナもどうぞ」
「何故に私に食べさせようとする。レクス」
私に赤いチョコレートを差し出すレクスがいます。
「お返しです。赤いハートをどうぞ」
「いや、それはマスターが私にと持ってきたものだからな」
「ガラス越しだとラブラブな恋人同士に見えるのだろうが、俺から見るとなぁ……」
自分で食べると言っている私の向かい側で、ラドベルトはよくわからないことを言いながら、珈琲を飲んでいたのでした。
フェリラン子爵家のことは、また出てくると思いますので、一旦削除します。




