第47話 声ぐらいかけて欲しいです
「団長。気配を消して背後に立つのをやめてくださいといいましたよね」
私はそう言いながら、テラス席につきます。
背後霊化は本当に止めて欲しいです。
これ、第三者からみれば、一人ウキウキしながら歩いている私の後ろから、隻眼の団長がついてきているのです。
怪しいことこの上ないです。
「声をかけようか迷ってしまい……」
「背後霊化する前に声をかけてください」
私の向かい側に腰を下ろすレクスを睨みつけながら言います。
「しかし、今日も可愛い隊長を愛でていたいという私の心の格闘を……」
「声ぐらいかけろ」
ファングラン公爵家の特性なのでしょうが、気配を消されると私には全く感知できないのです。
声ぐらいかけてという要望は聞き入れて欲しいです。
隊長呼びも直りませんし……。
「いらっしゃいませ。いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
私がレクスに苛立っていると、カフェのマスターが注文を聞きにやってきました。
そうです。今日はこのために来たのです。
私はメニュー表を開いて指でさし示しました。
「ここからここまでと珈琲をください」
「かしこまりました。いつも通り一つにまとめられますか?」
いつも通り? 私はまだ一度しか来ていませんわよ。
しかし、それは私の要望通りなので、否定することではありません。
「はい、お願いします」
「本日はバニラアイスのチョコレートソーストッピングが裏メニューでございますが、如何致しましょうか?」
「ぜひ! それもお願いします!」
アイス。いいですわね。昼間は日差しが強くなってきましたので、ぜひ食べたいです。
領地ではアイスなんて売っていませんでしたもの。
「私は珈琲で」
「かしこまりました」
注文を聞いたマスターは店の中に戻っていきました。
ふふふ、ケーキが楽しみです。
そう言えば気になっていたのですが、何故にレクスはここにいるのでしょう?
「団長。聞きたいことがあるのですが……」
「いつも通り、レクスと呼んで欲しいです。あと……その……」
まぁプライベートでここにいるのですから、団長呼びはいただけませんね。ここに騎士団団長がいると言っているようなものですから。
そしてレクスは言いどもりながら、目をオロオロとさせています。
なんですか? はっきりと言ってほしいですね。
「レクス。はっきりと言ってくださいません?」
「はい。隊長をお名前で呼んでいいでしょうか?」
……アルバートと?
え? それは困りますわ。
アルバートが女装する変態みたいに噂が流れたら、弟が引きこもって部屋から出てこなくなりそうです。
しかしマルトレディルと呼ばれると、伯爵令嬢が下街のカフェにいたという、噂が流れてしまう可能性も……
「この姿で男の名前を呼ばれると、色々困りますので、メリーナならいいです」
「姉君の名前ですか……」
不服ですか? 絶対にこの姿でアルバートと呼ばれるのは、避けなければなりません。
「いいですか?レクス。人というのは人の汚点を見つけて、足を引っ張ろうとするのです。飛び抜けて目立つ者ならなおさらです。騎士団に入って二週間の新人が下街のカフェでケーキを大量に食べていたとかどうでもいいことでも、厭味ったらしく言ってくるのです。だから、姉の格好をしているのです。嫌なら『そこの君』とでも呼べばいいです」
私は一気に言います。
こういう面倒なのに絡まれるのは、時間の無駄なので避けたいのですよ。
するとレクスは席を立って、私の隣に座ってきました。
「隊長をそのように呼ぶなど、とんでもありません。気に障ったのであれば謝罪します」
何故に隣に座って、私の手を掴んできたのか聞いてもいいですか?
「メリーナをひとり占めしたいという願望が強すぎたようです。すみません」
謝罪内容も突っ込みたいですね。
私をひとり占めしたいとは、どういうことですか?
団長の従騎士なので、専属ですが?
あと、休みの日は休むように昔から言ってるはずですが?
「エストさん。いらっしゃいますよね? レクスを連れて帰って休ませたほうがいいのではないのですか?」
働きすぎでおかしなことを言い出しているのです。
私はきっと近くにいるであろうレクスの侍従の名を呼びます。今日はプライベートなので、絶対にいると思います。
「最近は帰りもお早いですし、休暇も取るようになりましたので、休まれているほうだと思います」
気配なく現れた壮年の男性は、それだけを言って消え去りました。
相変わらずファングラン公爵家の使用人は怖いですわね。
しかしこれはそのまま受け取っていい言葉なのでしょうか?
私が従騎士をするまで、休みなく働いていたという風に聞こえたのですが?
「レクス。昔から言っていますが、休暇は身体を休める日ですよ。私がこうやって自分にご褒美を与えているようにです」
私のケーキのバカ食いや、ショッピングは自分へのご褒美なのです。これで次も頑張れるというもの。
「働きすぎです。帰って休みなさい」
私はレクスに帰るように言いました。
「メリーナと、こうして過ごす時間が私のご褒美です」
ニコニコと笑みを浮かべて言い切るレクス。
どうして昔からこういう感じなのでしょうか?
20年経てば普通は変わりませんか?




