第44話 この令嬢の囮役は必要?
「あ……空?」
心もお腹も満足して、夜明けまであと一時間となったぐらいに、目的の者たちが来たようです。
今日はもう来ないと思っていましたのに、暇人ですわね。
まぁ、野盗などに落ちぶれているのです。獲物を探す能力には長けているのでしょう。
「あれは、魔法というより魔道具か」
レクスは私の方の窓側を見ながらいいました。確かに木々の間から、背中に何かを背負った者が飛行しているように見えます。
「あれは、使い勝手が悪いと廃棄された偵察用の魔道具。へー……夜なら、あの目立つ推進機構が目立たない」
中々考えたものですわね。
「そのような物があったのですか? しかし、それが野盗ごときが持っているのが問題ですね」
レクスは開発された魔道具の実戦データ取りをさせられたことがなかったですね。
あれも酷いものでした。
しかし、廃棄された物がどうして二十年も経って、残っているのかという問題ですね。
そして空を飛んでいた者がこちらを確認したからか、どこかに去っていきました。
これが囮役でなければ撃ち落として、手に入れたルートを確認するところです。
ですが、今回は私は馬車の中で待機ですからね。
「それでは、お嬢様。私がお守りいたしますから、ご安心ください」
「……レクス。騎士たちの仕事を取っては駄目ですよ」
「お嬢様をお守りするのは私の特権です」
そう言ってレクスは私を抱き寄せました。
……守ってもらうほど私は弱くありませんよと言いたいところですが、普通の貴族のお嬢様は剣など持ちません。
だから、侍従に任せるのがいいのでしょう。
が!
「侍従ごときがわたくしに、触れるのではなくてよ!」
私は閉じた扇でレクスの手を叩きます。
今の私はわがまま令嬢ですからね。
それに抱えられて動けないとか嫌ですもの。
「失礼いたしました」
レクスは手を叩かれたにも関わらず、ニコリと笑みを浮かべました。
緊張感がないですわね。
まぁ、戦場の死神と言われた二人を相手にすることに比べれば、大したことはありません。
「本当であれば、内側のカーテンを引いて可愛いお嬢様の姿を隠したいのですが、仕方がないです」
そう言っているレクスの視線は馬車の外に向いています。
来ましたね。
数としては10ほど、木々の間を騎獣が駆ける音が響いてきています。
多いか少ないかといえば、貴族の馬車を襲うには少ないです。
一応、この馬車にも三人ほど護衛に扮した騎士がついていますから。
確実に仕留めるなら、倍は欲しいところです。
「わたくしを狙ってどうするのかしら? 価値あるものなど大してありませんのに」
私は扇を広げて口元を隠してレクスと同じく馬車の外に視線を向けました。
この国では基本的に人身売買は認められていません。攫ってもお金には替えられません。
「お嬢様自身に価値があるのです」
「人身売買は違法よ。昨日も思いましたけど、どこに売るつもりなのかしら?」
「帝国です」
「やはり帝国の奴隷にですか」
帝国には奴隷制度があるのです。
ということは、貴族の令嬢を売って奴隷としているということですか。
「そうです。ですから、私は全身全霊をもって、お嬢様をお守りいたします」
レクスの言葉と重なるように馬車の窓ガラスが割られました。
これ、それなりにいい馬車なのですが?
窓ガラスが割られましたよ?
馬車の外装から何かが叩きつけられる音がするのですけど?
あ、御者の騎士がやられたふりをして御者席から落ちましたわ。
「まさかの馬車の使い捨て」
「お嬢様、安心してください。私がお守りいたしますから」
使い捨てなのですか。
馬車の扉がガタガタといっています。
「何が安心してくださいだぁ?」
知らない声とともに、扉が飛んでいってしまいました。
こここの馬車、いったいいくらすると思っているのですか。
中隊長ぐらいの給金では賄えませんわよ!
そして無くなった扉のところから、むさ苦しいおっさんの顔が覗き込んできました。
「人様の馬車を壊すのではなくてよ!」
扇を振って風を引き起こします。
「うがっ!」
風に押し出されて後方に流れていくむさ苦しいおっさん。
あら? 今思いましたけど、御者席に誰もいないので、馬車を引く騎獣が操作されていません。
御者をぶっ飛ばした者はどこに消えたのですか?
「お嬢様。私がお守りすると言ったのに、お嬢様が始末してどうするのですか」
「レクス。この馬車を弁償しろと言われてもできません」
「これは廃棄用なので弁償はしなくていいのですよ」
「何が弁償だ!」
あ、むさ苦しいおっさんが戻ってきました。根性ですわね。
「おらぁ! お前らヤれ」
ん? 何を?
と疑問に思っていますと、馬車ががくんとゆれて斜めに傾きました。
これは馬車自体を横倒しにするつもりですわ。
「お嬢様!」
レクスが私をかばうように引き寄せてきました。
ああ、そうね。普通の令嬢であれば、馬車が倒れた衝撃で気を失うでしょう。
護衛も無傷とは行かない。
そして扉にはむさいおっさんがいる。
「へー、これはいい指揮官がいる」
私が一つの答えにたどり着いたとき、馬車が横転し、私とレクスは地面と接した馬車の壁に叩きつけられたのでした。




