第35話 俺のメリーナに近づくな
「レクス兄さん。困っているようだから、助けてあげよう?」
私は上を向いてレクスに言います。
すると、先程舌打ちしていたレクスが、笑顔で私を見下ろしてきました。
「そうだな。メリーナは優しいな」
「そんなことないよ。普通だよ」
私はそう言って、御者台から飛び降りようとすると、レクスにお腹を抱えられて降りられません。
あの? 下ろしてください。
「それで何に困っているんだ?」
私を片手で抱えながら幌馬車を降りるレクス。
あと、困っていることはどう見ても、その横倒しの荷馬車をどうにかして欲しいということだと思いますよ。
「石に乗り上げてしまって、倒れてしまったのです。元に戻すのに手を貸して欲しいのです」
それはそうですよね。
「はぁ、わかった」
こちらは幌馬車から離れたのに、まだこの周りにいる者たちは動かないのですか。
ということは、やはり獲物は私に食いついてきたということでしょう。
私が一人になるタイミングを見計らっていると。
「兄さん。私を下ろして、手伝ってあげて」
「いや、それは……」
「レクス兄さん」
私は周りに視線だけを向けながら言います。向こうが動かなければ騎士たちも動けないのですよね?
「ここで待っていろ。メリーナ」
「わかったよ」
レクスは私を地面に下ろし、倒れた荷馬車の方に向かって行きました。
そしてレクスが私の視界から見えなくなったところで、周りが動きを見せます。
ふふふ。退屈していたところなので、他の騎士の方々には悪いですが、少し手を出してもいいですよね。
正当防衛というものですわ。
私の背後から近づいて、手を伸ばして来たものの腕を掴みました。
「え?」
そのまま、引っ張り肘鉄を食らわします。
「うがっ!」
地面に倒れ込む音が背後から聞こえました。そして、わらわらと集まってくる足音。
「お前、何をしやがった!」
銀色の光を横目で捉えたかと思うと、荷馬車っぽいものが私の横を飛んでいきました。
「俺のメリーナに近づくな」
レクス。流石に荷馬車をぶっ飛ばすのはドン引きですよ。
「おい! さっさとその小娘を捕らえろ! なるべく傷はつけるなよ!」
やはり野盗共の狙いは私のようです。
そうですよね。ボロい幌馬車の中身には期待していないということなのでしょう。
「こっちに来い!」
私に向かって伸ばされる手。
その手に向かって、手刀を振り下ろします。
ゴリという音と共に、うめき声を出す者を遠くに蹴り飛ばします。が、次々に伸ばされる手。
ウザいですわ。
私は足元に落ちて気を失っている者の足を掴み、ぐるりと一周をして投げ飛ばしました。
良い具合に何人か飛んで行きましたわ。
「なるべくと言われたが、傷ついても構わねぇよな!」
素手では私に敵わないと悟った野盗が、私に剣を振るってきます。
でも残念。
私は指一本でその剣を止めました。
「え?」
「ただの剣撃では私に傷一つつけられませんよ」
と言って、拳を握ったところで、その野盗が横に吹っ飛んで行きました。
……レクス。私の獲物を横取りしないでください。
「メリーナ。ゴミムシが邪魔で遅くなってすまない」
レクスがいた場所を見ると、動かなくなった野盗たちが地面に伏していました。
恐らく半数ほどを一気に叩き潰したという感じでしょうか?
あの? 騎士たちの仕事と言っていませんでした?
「全員、ぶっ殺す」
そして私を見たレクスは、何故か物騒な言葉を呟いたのです。
あの? 私を抱えなくてもいいのですよ。
もう、兄妹という風にしなくていいのですよ。
「蔚然たる森の闇よ。我が前に立ちふさがりし者たちに裁きを与えよ『零落の雷』」
太陽がでているが故に森に落ちる影。
そこから空に向かって伸びる黒い雷。
それに次々と野盗たちが襲われています。
ですから、レクスが全て倒してしまってどうするのですか?
「ファングラン団長!」
「遅い! 何をしていた!」
後方から騎士たちが駆けつけてきました。
レクスが遅いと言っていますが、野盗に気づかれない距離からです。
これが普通だと思いますよ。
だから私は時間稼ぎのために最低限しか相手にしていなかったのに。
「メリーナの髪が乱れてしまった」
「へ? 私の髪?」
あ、二つに結った三つ編みの一つがほどけていますね。
これどうでもいいことです。
「団長。それよりも、団長が全部たおしてしまってどうするのです。影に隠れていた者ぐらい泳がせておいてもよかったのでは?」
アジトに案内させても良かったと思います。
「この者どものアジトのことか? それぐらい聞き出せ。こいつらをさっさと捕縛しろ」
「「「はっ!」」」
そして騎士たちは戦うことなく、野盗の捕縛に取り掛かりました。
「あー、縛り上げたらこっちに乗せてくれ」
ん? ラドベルトの声が聞こえました。後ろを見ますと、呆れた表情を浮かべてこちらにやってくる姿が見えます。
今回は騎士の隊服を来ていますね。
「ファングランの団長。今回は戦わないようにと言ったはずですよ」
それは夜も戦ったので、力を温存しておくようにということですよね。
「メリーナに手を出した奴らが悪い」
するとラドベルトが私を見てきました。なんですか?
「ぷっ! 凄く可愛いじゃないか。マルトレディル。ファングランの団長。こちらは処理をしておくんで、ベレラに行ってください」
「ああ、後は頼む」
レクスは乗ってきた幌馬車に乗ろうと足を進めたところで、私は地面に飛び降りました。
そしてラドベルトに近寄ります。手を上げて、耳を貸すように促しました。
「どうしたんだ?」
身をかがめるラドベルトに耳打ちします。
「ラドベルト。北に300メルいったところに倒れているヤツがいる。おそらく目だ。厳重に監視しろ」
「了解。隊長」
ふっ。隊長か。
私はそれだけを言って、幌馬車に戻りました。
さて、今回の任務は完了ということですね。




