第32話 理解不能です
「ということです」
私は解放され、背後からレクスの髪を風の魔法で乾かしています。
あまりにも水滴が落ちてくるのにイラついて、凍らせてやっと解放されたのでした。
確かに走ってきた人物が幌馬車の御者に話しかけるのは怪しいと思います。
しかし、途中で私だと気づいた時点で解放してもよかったのではないのでしょうか。
まぁ、今はレクスにこちらで得た情報を報告しているところです。
「それは、将校セレグアーゼが言う通り、曖昧過ぎる情報だ」
団長としては、私の話に信憑性がないと判断したようです。
そう言うのも分かりますが、あれ以上の滞在は危険だったと思います。
「そうですか。しかし私は撤退を進言します」
「それは出来ない」
「ちっ。だいたい、あの老害の意見を聞いたのが間違いだと気づけ。団長は誰だ? あの老害か?」
髪が乾いたので、前に回り込みレクスの前に座ります。
そしてタバコを取り出して一服吸い、イライラを落ち着かせようとします。
「マルトレディル。老害はいけねぇ」
「あ? ラドベルト。あのジジイにどれだけハメられたと思っているんだ? 人を駒か何かとしか思っていないだろう」
「そうやって噛みつくからじゃないのか? お陰で何度死ぬと思ったことか」
しかし言いたいことは言わないといけません。
「それになぁ。今の若い奴らは、ハイラディ団長の指揮下に入ったことないだろう? 知っているのはその功績だけだな」
二十年も経てば現役で残っている騎士は、ほとんどいないということですか。
そう言われると、レクスも実質私の下にいたのは半年ほどです。
あの戦争の終盤しか参加していません。
あのクソジジイの性格の悪さを直接知らないということですか。
「おおよそ、二十年の節目の戦勝記念のイベントで、張り切って口を出してきたってところですか?」
私は白い煙を吐きながら、レクスを見て言います。
予想としては、そのようなところですね。
しかし、途中からレクスが反応を見せなくなったのです。どうしたのでしょう。
さっきまで、普通に話していたではないですか。
「で、どうなのです?」
「……隊長に、髪を乾かしてもらったのは初めてです」
「おと……家族ぐらいにしか、したことないですよ」
弟にしかって、言いそうになってしまいました。危ないです。
それに何を突然言い出したのですか?
話を聞いていなかったのでしょうか?
「家族……羨ましい。私も隊長の家族になれば、毎日してもらえますか?」
「……ラドベルト。レクスのヤツ寝てないのか? おかしなことを言い出したぞ」
「寝てねぇし、少し前まで暴れていたんで」
「寝ろ」
ということは、ラドベルトも寝ていないということですか。
もしかして、休む場所に向かっているのでしょうか。
「隊長が膝枕をしてくれたら寝ます」
「その前に服を着ろ。あと膝枕は動けないからしない」
膝枕なんてしていると、いざというときに動けないのでしませんよ。
というか、どこから膝枕という言葉が出てくるのですか? 意味がわからないです。
「団長。奥の箱の中に新しい服が入っているんで、好きなのを着てください」
ラドベルトが目線でその箱を示しました。
新しい服ということは、鎧の下に着ていたものは、着れないということですか。
まぁ、鎧の現状を見れば、その言葉に納得できるほどの汚れ具合なのですが。
一応、私は団長の従騎士なので、その箱のところに行って適当に漁ります。
色々な衣服が入っていますが、これは変装用でしょうか?
女の子の服まで入っていますよ。
サイズ的にこれだろうかというシャツをとりだして、レクスのほうに投げ渡しました。
「隊長に着せて欲しいです」
「いい加減に隊長呼びを直しませんか?」
何度言っても直ぐに、隊長呼びに戻ってしまいますよね。
それに今日はどうしたのですか?
膝枕をして欲しいとか、着せて欲しいとか。
騎士の身の回りのことをするのが従騎士なので、着替えを手伝えと言われればしますけどね。
投げ渡したシャツを受け取って、着替えを手伝います。
そう言えばと思い、シャツのボタンを留めながら、視線を上にあげました。
「前から聞こうと思っていたのですが?」
「何をですか?」
「左目。どうして治さなかったのですか? 直ぐに治療師に頼めば治る傷でしたよ?」
レクスの左目は今は眼帯がされておらず、目を塞ぐように右から左に斜めに入った傷が顕になっています。
マルトレディルと共に後方に下げたあと、直ぐに治療すれば治る傷でした。
ということは、治療しなかったということになるのです。
治療師の治療を受けることが、できなかったというのであればわかるのです。
ですが、ファングラン公爵家の嫡男であれば、最優先で治療を受けられたはずです。
すると、レクスは手で左目をおおって答えました。
「この目で最後に見たのは、フェリラン中隊長の戦う姿でした。だから、それ以外のものを見ないために、このままにしたのです」
えっと、ちょっと理解できないことを言われましたわ。
私の戦う姿以外を見ないため?
それよりも、目の治療ではないですか?
「ラドベルト。私には理解できない言葉を言われたのですが?」
同じ部隊にいたラドベルトの意見を聞いてみましょう。
「あ〜。多分、隊長を好き過ぎるってことだと思う」
え? もっと理解できない言葉を言われてしまいましたわ。
好意と傷は全く別ものですわよ。
「あと、マルトレディル。馬車には結界が張ってあって、中の様子と音が外に漏れないようになっている。俺に話しかけると独り言を言っている変なおっさんになるから、なるべく控えて欲しい」
結界? 反発するような感じを受けなかったので、これはレクスの魔法ですか。
相変わらず、ファングラン公爵家特有の魔法は感知しにくいですね。
「それは気が付かず、すみません」
理由は理解できなかったですが、やはりレクスの意志で治療を拒んだようですね。
私はボタンを留め終わったので、立ち上がって離れようとすると右手をレクスに掴まれてしまいました。
なんですか? まだ、なにかあるのですか?
あ、もしかして今後の作戦の伝言を、私に伝達しろということでしょうか?
「団長。話を戻しますが、今後の作戦の変更の伝達であれば、伝えに戻りますよ」
ジジイの作戦をそのまま使う必要などないのです。騎士団団長はレクスなのですから。
「マルトレディル! 人を出すなら、こっちから出すからな!」
ラドベルト。独り言を言っているおっさんになっていますよ?
あと、別にここで私の仕事があるわけでもないので、拠点に戻っていいと思います。
「隊長。このあと経由地に寄って仮眠を取ってから、また出発する予定です。隊長は私の従騎士ですから、共に行動をしてください。絶対にです」
従騎士の身勝手な行動は許さないということなのですね。いいですよ。この不可解な作戦の理由がわかりましたので。
「経由地とは、どこですか?」
「この先のヨメリスの町です。一般の鎧だとやはり壊れてしまいましたので、替えの鎧の調達です」
作戦のためとはいえ、魔装術を使う者が一般用の鎧をまとうからです。
鎧が自分自身の力で壊れるなど、まとわないほうがいいに決まっています。
だから壊れてしまって、汚れを落とすために、頭から水浸しになっていたのでしょうけど。
「あと、この幌馬車自体の交換だ。別の者が乗っているようにするためだな」
ラドベルト。また独り言をいうおっさんになっています。
しかし、そうですか。馬車本体を交換して、別の商人を装うということですか。
今回、備品管理部はかなりの金額を動かしているようですわね。
「それで、この手は何ですか?」
閑話
「あー、シエラメリーナの嬢ちゃん。普通、あんな状況になったら、悲鳴の一つでもあげるんじゃないのか?」
「ラドベルト。あのような状況とは?」
「ほら、ファングランの団長に捕まったときの話だ」
「……『犯人じゃないぞー』と街で暴れているヤツみたいにですか?」
「いや、そっちじゃなくて、ファングラン団長の裸を見て何も思わなかったのかという話だ『キャ、早く服を着てください』っていう感じのだ」
「よく鍛えているなと思いました。あと野太い声で言われても可愛くないですよ」
「……団長。頑張ってください」




