第30話 不可解な作戦
「言いましたけど、実技試験の一環だったのです」
「そうか。しかし実技試験でも手加減はすべきだろう。ん……手加減されるような騎士がダメなのか。あとで、マルトレディル伯爵に事情説明はしておくように」
「はい」
この仕事から戻れば、父に手紙を書きましょう。現役騎士がくっそ弱かったと。
「それで、これからなのだが……」
「伯父様のお仕事を勉強させてください」
「いや、流石にシエラメリーナを連れ歩くわけには……」
「工作部隊のお仕事が、気になっていたのです」
伯父様は騎士団の中でも特殊な工作部隊に配属されています。
しかし、普通なら現場に出るような地位ではない伯父様が、今回この場にいることがやはり気になります。
恐らく、戦地を経験した伯父様でないと厳しいと判断したのでしょう。
「別にお邪魔したいわけではなく、後ろからついて行くだけです。足音も気配もバッチリ消せます」
「一人で置いていくより良いか」
伯父様、それはどういう言葉として捉えたら良いのでしょうか?
私が女だから一人にしておくのが心配ということですか?
「他の者と行動を共にするが、すぐに人を殴らないようにしなさい」
……別に誰も彼もを殴るわけではありませんよ。伯父様。
「セレグアーゼ部隊長。この小さい子が甥御さんで?」
「あ? 誰が小さいだって?」
「従騎士マルトレディル。先程言ったことばを忘れないように」
紹介されたのはヘルバレル小隊長という方でした。二十歳半ばといったところでしょうか?
その背後に十人ほどの騎士の姿が見えますが、全員鎧をつけていません。
この者たちの役目は戦闘ではないので、重い防具は必要ないのです。
工作部隊は特殊部隊の中の一つです。しかし、将校と名乗った伯父様が現場の指揮を取るのは、やはり違和感があります。
「従騎士マルトレディルだ。ファングラン団長の直属の部下だが、今回は預かることにした」
「アルバート・マルトレディルです。ぜひ、皆様の仕事を勉強させていただきたいと思っています。よろしくお願いします」
私はそう言って周りを見ながら敬礼をしました。
普通であれば、十五人を一個小隊とするのですが、人数を削ってきているようです。
「今回、かなりヤバいという情報ですが、ここで預かって大丈夫なのですか?」
ヘルバレル小隊長が伯父様に確認を取っています。あの、私はそのヤバいという情報を団長から聞いていませんよ。
「大丈夫だ。お前たちより腕は立つ。では、各々の仕事につけ」
「「「はっ!」」」
伯父様が命じると三人から二人ほどに別れて、工作部隊の人たちが消えていきました。
残ったのは紹介された小隊長のみです。
「それで伯父上。私は団長からヤバい情報をもらっていませんが?」
「将校セレグアーゼと呼べと言っただろう」
注意されてしまいました。ですが、名で呼ぼうとすると昔のクセで『騎士セレグアーゼ』と言ってしまいそうで、危険なのです。
「はい。申し訳ございません」
「気をつけなさい。それから危険情報はこっちの独断だ。他の部隊の者には共有されていない」
特殊部隊の中で得た情報ですか。
情報共有はして欲しいですわ。
しかし、共有できない事情がありそうなのですよね。
そして伯父様は森の中に進んでいます。一人鎧をまとっているにも関わらず、足音一つさせないのは、ある意味怖いですわね。
その後ろからついて行っていると、質問をされました。
「マルトレディル。このような地形での工作部隊の役目はなんだね?」
お勉強ですか?
まぁ、勉強をさせて欲しいと言いましたけどね。
それは方便というものだと伯父様は理解してくれなかったのでしょうか?
令嬢に工作部隊のあり方など答えられるとでも?
「森という地形では視界が悪く、敵に見つけられにくいという条件でもありますが、逆に敵も見つけにくいことになります。ですから、敵が近づけばわかる罠を仕掛けます」
「その通りだ」
「しかし、拠点の背後が岩山だという点が問題ではないでしょうか?」
そうなのですよね。私がここにとどまった理由の一つが、拠点の前方は木々に阻まれており、背後がそびえ立つ断崖なのです。退路がないなんて最悪です。が、問題はそこではなく……
「何故だね? 普通は前方だけ注視しておけばいいとならないかね?」
「なりませんね。背後の崖から攻められたら、前方に逃げるしかなく、その前方を囲まれたら混乱に陥るのではないのでしょうか?」
「だったらどうする」
「私はこの場所から拠点を移すことを提案しますが、敢えてこの場所を選んだということは……」
はぁ、嫌なことを思い出します。
こういうエゲツのない作戦を平然と実行するのが、ハイラディ団長という男なのです。
「敵に背後から襲わせて、味方もろともぶっ潰すです」
「部隊長の甥御さんってヤバいですね。普通、そんなこと考えないですよ」
ヘルバレル小隊長は若いですね。
伯父様の表情を見ても同じ言葉を言えますか?
そこまで外れてはいないという嫌そうな表情を浮かべています。
あのクソジジイの命令で、そのようなことをやっていましたものね。
そして、ここでも部下に正確な作戦の情報を与えていないということが、露骨にわかってしまいました。
恐らく、この作戦において正確な情報を握っているのは上層部だけなのでしょう。
「それで、何を釣ろうとしているのですか?叔父上」
「アルバート。もういい。我々のすべきことは、拠点に向かってくる敵の位置を知るすべを仕掛けるだけだ。はぁ、マルトレディル、いったい何を教えたのか……」
私の質問には答えないまま伯父様はサクサクと森の中を進んでいき、小声で父に文句を言っていました。
しかし父は私に戦う術を教えることはありませんでしたよ。
仕掛けるのは目に見えてわかりやすい明かりを放つ『光索糸』。簡単に言えば光る糸を一定間隔で張っていく。
警戒しているぞアピールです。
そして本命はその更に先に、一定範囲に人が近づけば、人の魔力に反応する魔道具を設置しています。
ですから、糸を警戒して近づかなくても、その手前まで敵がくれば感知できるという仕掛けですね。
もし糸に触れることがあれば、夜でも昼間のように光り、伝搬していくので夜戦にはもってこいなのですよ。
そして全てを設置し終わったころ、日は完全に落ちて二つの月が空に昇っていました。
「マルトレディル君。ぜひ、工作部隊に来ないか?」
そして拠点に戻る中、私は小隊長からスカウトされていました。
「部隊長。絶対に工作部隊に引き込むべきです。こんな手際が良い新人は中々いないですよ」
「ヘルバレル小隊長。私は普通ですよ。大したことではないですよね」
「いやいや、あの糸は扱いが難しいから、新人は『目がー!』と叫んで中々進まないものなんだよ」
まぁ、触ると強く光るので、設置するとき目がチカチカしますわね。しかし、騒ぐことではありませんわ。
「マルトレディル。今日は食事をとったら休みなさい。今晩、私は使わないから、私の天幕を使うと良い」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて使わせていただきます」
徹夜で辺りの捜索ですか。
それとも獲物が引っかかるのを待つのですか?
ちょうど私たちが拠点に戻ってきたとき、騎士たちがざわめきだしていました。
なにやら一箇所に人が集まっているようです。
「マルトレディル君。団長が戻ってきたみたいですよ」
ヘルバレル小隊長が指し示した場所には、赤いマントを羽織った鈍色の鎧が、騎士たちに囲まれていました。
どうやら、魔獣を討伐したとかどうとかという言葉が聞こえてきます。
「ふふふ。御冗談を……伯父上。この胸糞悪くなる作戦を立てた方に、早く引退するように進言していただけません?」
「マルトレディル。食事をとったら休むようにと私は先程言ったはずだ」
やはり、伯父様は私の言葉に対する返答はしてくださいません。
そう、あれの中身がレクスではないと知っているということをです。
おかしいと思っていたのですよ。
何故にこの混成部隊を率いる団長が目立つ鎧ではなく、赤いマントのみでしか区別がつかなかったのかと。
団長は夜に拠点に戻り、別の部隊が夜巡回するということを、この場にいる騎士たちに示す必要があるのですね。
私は釣りは得意ではないので、こういう作戦は好きではありませんわ。
胸糞悪い。




