第3話 入団初日に連行されました
騎士団入団試験当日。私は団長室に連行されています。
おかしいですわね。
「アルバート・マルトレディル。ここに呼ばれた理由がわかっているかね?」
私を連行してきた上官が聞いてきました。
「はい、私を馬鹿にしたベルファード伯爵子息を殴ったからです」
剣の実力を見るという名目で、外の訓練場で待機をしているところでした。
同じく入団試験を受けにきていた馬鹿が、私を見て本当に15歳なのかとか、チビだなとかこんなに小さくて剣がもてるのかと言ってきたので、うるさい羽虫を腹パンの一撃で黙らせたのです。
普通なら、そこで地面にうずくまると思うじゃないですか。
なのに、ペラッペラの紙のように吹き飛んで行ったのです。
逆に君の方が剣を持てるのかと嫌味を言ってやろうと視線を向けました。
しかし、私の口は開いたまま何も言わず閉じたのです。
そう、なんだか偉そうなクソガキ……令息にぶつかっているではないですか。
直感で駄目なタイプだとわかりました。
見た目に金をかけて、父親の権力に依存して偉そうにしている馬鹿。
「そこの者この方が誰かと知っていて、このような所業を行ったのか!」
面倒くさそうな従者っぽい人が言ってきました。
知りませんが、なんとなくわかりますわ。
その黒髪に赤い目はファングラン公爵家の血筋でしょうというぐらいですわね。
「勝手に吹っ飛んでいったのは、そこのベルファード伯爵子息ですよ」
紹介もされていないので、当てずっぽうで言葉にするのは不敬だと言われかねませんから、吹っ飛んで行った者が悪いと行っておきます。
だって、あれぐらいの腹パンで吹っ飛ぶなんてありえません。
「元は貴方が原因ですよね。この者は意識がありませんから」
「は? 弱っ!」
あれぐらいで気絶? 最近の子ってこんなに弱いの?
……もしかして、アルバートを鍛えすぎたかもしれません。
ええ、アルバートの剣の師が役に立たなそうなことばかりを教えていたのです。だから、代わりに私が弟に剣を教えると言って私が鍛えてあげたのでした。
よく父は娘のこんなワガママを聞いたと思いますわ。
「私はデュークアルベルト・ファングランです。これでもファングラン公爵家の嫡男なのですよ。これで貴方がどれほどの不敬を働いたか理解できましたか?」
ん? おかしいですわね。
ファングラン公爵家の嫡男? 年齢が合いませんわ。養子ですか?
私が過去の情報と合わないと首を捻っていると、そのファングラン公爵子息があきれた感じで言ってきました。
「田舎の伯爵家の者には、ファングラン公爵家の偉業が理解できないみたいですね。田舎者にもわかりやすく教えてさしあげましょう」
なんだか、ファングラン公爵家がすごいんだぞアピールをされましたが、別に貴方が何かをしたわけじゃないですよね? と言いたいです。
「伯父上はこの騎士団の団長を務めているのです。私を怒らせれば、貴方もただではすみませんよ」
あら? これは脅されているのでしょうか?
しかし……
「伯父が団長?」
これはどういうことなのでしょう?
「やっと田舎者にも理解できましたか? 私を怒らせると騎士団にはいられませんよ」
「どこが関係あるのでしょう? 別に貴方がその地位についているわけではありませんよね?」
人の権力にすがっている犬が。
あ、こうやって言ってしまうから、前世は前線に送られてしまったのでしたね。
なんだか、公爵子息がプルプルしてきました。
「この痴れ者が!」
はぁ、短気は駄目ですわよ。私が人に言えることではありませんが。
そして、公爵子息は剣を抜いて、その周りにいる従者も剣を抜いて乱闘騒ぎになったのでした。
その騒ぎを聞きつけた試験官が止めに入って、私が団長室に連行されるということになったのです。
私は剣を抜かなかったのに解せない。
「違います。ファングラン公爵家の御子息に剣を向けたからです」
「私は剣を抜いていません」
「ここで嘘を口にするなど許されませんよ」
だから、私は剣は抜いておらず、彼らが勝手に自滅していっただけです。
ふん。私より弱いヤツに本気になってどうするのです。
相手の位置を把握して動きを陽動して互いの剣で自滅させたのです。戦場では基本です。
味方と敵の位置を把握できないなど愚の骨頂。
「剣は抜いていません」
私は同じことを繰り返し言います。
目の前にいる公爵子息の伯父という団長に視線を向けながらです。
しかし二十年という年月が経ったとはいえ、凄く目つきが悪くなっていませんか?
昔はあんなに可愛かったのに。
あ、公爵家の嫡男に可愛いと言うと怒られましたね。
はい。レクスイヴェール・ファングランも私の部下に配属されていました。今は三十六歳でしょうか?
いい男になったわねと褒めたいところですが、黒髪に目つきの悪い赤い隻眼がとても威圧的なのです。
それに白い騎士の隊服に、ジャラジャラとつけられた勲章が威圧を後押ししているのです。
はぁ、あの時の目の傷。治らなかったのですか。
公爵家なら腕のいい治療師に頼むことができたと思うのですが。
「まだ嘘を言うのですか!」
そう言って試験官の上官が私に向かって手を上げてきました。
「つっ!」
小さく悲鳴を上げたのは私ではなく、試験官の上官です。
「嘘をつく意味が何処にあるのです? 私は何一つ汚れていないのが証拠ではないですか。魔装も使えない小者に何故剣を抜く必要があるのです?」
私は手首を押さえて床にうずくまる上官に向けて言います。
そう、貴様も小者だと言わんばかりにです。
相手の力量ぐらい計りなさい。
まぁ、戦場を経験していなければ不要なものでしょうけど。
「マルトレディル伯爵は上官であったからな。魔装を息子に教えていてもおかしくはない」
ここで初めて、団長が口を開きました。
ええ、父は前世の私の部下でしたからね。魔装を使えないと死ぬぞと脅して部下全員に覚えさせました。
魔装。簡単に言えば、魔力の鎧ですね。
わざわざ戦場で結界など張る余裕などありませんから、魔法攻撃の緩和と鎧の強化という効力があるのです。
まぁ、普通は使いませんわね。
アルバートもこのあたりはまだ未熟なのです。落馬のときに魔装を維持していれば、骨など折らなかったのですから。
「あの、氷姫フェリラン中隊ですか。団長が従騎士をされていたという」
「ああ」
目の前にいるレクスイヴェール……まぁレクスと呼んでいましたが当時は十六歳。
従騎士と言っても公爵家の嫡男の箔付けです。
戦地で功績を上げる部隊に所属して、次期当主として凱旋するというものですね。
今のアルバートと同じようなもの。
最終的に騎士団を去るはずだったのですが、何故公爵家を継がずに騎士団に残ったのでしょう。
まぁ、今の私には関係ないことです。
「しかし、最初に手を出したのはアルバート・マルトレディルだ。罰として独房行きだ」
「はっ! 一人部屋とはありがとうございます!」
私に独房行きを命じた団長に敬礼をしました。
「……」
「……」
何故に、団長からと試験官からなんとも言えない視線がくるのでしょう?
騎士団に入ったばかりの見習い騎士は、集団部屋だと基本的に決まっているので、個室とはありがたいではないですか。
「マルトレディル伯爵は、どのような教育をしたのだ?」
という団長の独り言を背中で聞きながら、私は試験官と共に退出したのでした。




