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第1章

 (いにしえ)の時代より、我々の祖先は遥か彼方の場所に思いを馳せた。

 陸の彼方へ思いを馳せた者は歩を進め、馬の背に跨った。

 海の彼方へ思いを馳せた者は舟を造り、大海原へ漕ぎ出した。

 空の彼方へ思いを馳せた者は気球や飛行機を造り出した。

 その様子をずっと眺めてきた者達がいた。


 古の時代の事。彼等は地球を訪れた。地球生物の最高等種である我々の祖先との交易を試みたが、意思の疎通ができず交渉は難航した。そのうちに我々の祖先の一部は彼等を敵とみなし攻撃を仕掛けた。だが彼等は強力な武器を所持していた。その威力を目撃した我々の祖先は彼等を恐れおののき、以後彼等に近づく事を避けた。

 彼等の結論は時期尚早であった。遠い未来に交易が可能になったら、それを行う事にしよう。その時まで待とうと決めた。そして彼等は自分達の惑星へと帰っていった。


 遠い宇宙の彼方にある彼等の惑星。そこに住む生物の最上級種である彼等の居住地にある組織では、自由や選択肢が制約される政策が取られていた。仕事は各種の能力データを判断基準にして少ない選択肢から選択させられ、レジャーで行く事ができる場所も限定されていた。

 そんな自由や選択肢の少なさに不満を抱く者も中にはおり、そうした者達には特別の任務が与えられる事になった。それが惑星の探査及び追跡調査である。彼等は交易の相手を求めて、四方八方の宇宙に探査機を派遣していった。そして観察対象と判断された惑星に関しては、遠隔操作型を中心に探査機を随時飛ばし、カメラで撮影した映像を通じて観察が続けられていた。

 これらの業務を担う惑星探査機関は探査局や観察局などで構成されていた。このうち観察局には遠隔操作型探査機が自動運転モードの際に撮影した映像を逐一観ていく部署があり、その構内には幾つもの観察部屋が並べられていた。それらの部屋の室内は白色で統一されており、前面には巨大なモニターが設置され、シートには惑星ごとに決められた担当者が座る事になっていた。そして地球の観察部屋は一番端に位置していた。そこは通称〝端部屋〟と呼ばれていた。


 ある日の事。端部屋の入口のドアがスライドし、ゆったりした服を着た一体の最上級種が姿を見せた。

「ああこれはチーフ、お久しぶりです」

 観察を続けていた最上級種―仮に担当者その1とする―は振り返るとそう口にした。

「塩水の惑星で、探査機が注目すべき映像を撮ってきたらしいな」

 塩水の惑星―地球は彼等の言葉でそう呼ばれていた。この惑星の大部分を覆っている海の水から、高濃度の塩分が検出されたからである。

「そうです。遠隔操作型探査機が近くの丘から撮影したこれを見て下さい」

 担当者その1はそう言うとモニターに録画映像を表示させた。そこには以前、搭乗型探査機が着陸した地表の一地点が映し出されていた。白色の丸い淵の付いた窪みが三つあり、そのうちの一つの窪みを覗き込んでいる者達がいた。

「何だこれは……探査機の着陸歴マーキングではないか」

 搭乗型探査機の着陸用の脚の先端部分には、そこに着陸した事が遠方からでも分かるように、離陸時に脚から外れる物質が取り付けられていた。それらの着陸歴マーキングは有機物によって製造され、将来的には土化する構造となっていた。

「そうです。彼等は我々が去った後も探査機があったあの場所を恐れ、暫くはあの着陸歴マーキングですら近づこうとしませんでした。しかしこの映像では彼等は着陸歴マーキングに接触しています」

「そうか。しかし彼等は何故、窪みを覗き込んでいるんだろうな」

「よく見て下さい。窪みに手を伸ばしている者がいますよね」

 担当者その1の言葉の通り、一人が窪みへ両手を伸ばしたり引っ込めたりしていた。

「奴は何をしているんだ」

「恐らく水を飲んでいるのでしょう」

「何だって?すると……」

「そうです。着陸の際に着陸歴マーキングに穴が開いてしまったようですが、そこへ地下水が染み込んで、窪みの部分に水が溜まっていたようです」

「そうだったのか。しかし我々が残したものが、思わぬ形で役に立ったようだな」

「ええ。結果的に井戸の贈り物になったようで」

 担当者その1はそう言って笑顔を見せた。

「それじゃ私は早速、この事を局長に報告してくる事にしよう。君は引き続き観察を頼む」

「了解しました」

 チーフは満足そうな表情で端部屋を後にした。残された担当者その1は再びモニターに視線を戻した。


 またある日の事。端部屋の入口のドアがスライドし、何代目かの担当者―仮に担当者その2とする―が姿を見せた。

「ここが端部屋ね」

 担当者その2はそう呟くと前方のモニターに目を向けた。各部屋のモニターは担当者不在の時間は担当惑星の全体画像が表示される仕様となっていた。

「そしてこれが塩水の惑星ね」

 惑星の観察は膨大な時間がかかる職務である。担当者が飽きてしまうのを防ぐため、ローテーションが組まれて担当者は定期的に交替する事になっていた。惑星によっては何十代、何百代もの担当者により観察が継続される事にもなった。

「……噂通りの綺麗な惑星ね」

 担当者その2は暫くの間、宇宙空間に浮かぶ青い惑星を見つめていたが、やがてシートに近づくとそこに腰掛けた。

「座り心地悪いわね」

 担当者その2はシートの脇のボタンを押した。すると背凭れの形が微妙に変化した。

「これでよし」

 担当者その2は徐にキーボードに手を伸ばした。指を何度か動かすと、程なくして前任者のメッセージがモニターに表示された。

「え……『着陸歴マーキングが興味深い事になっています』って」

 担当者その2は再び指を動かして詳細情報をモニターに表示させた。

「なるほどね。それじゃその場所を見てみましょ」

 担当者その2はそう呟いて最新の録画映像を表示させた。

「ふぅん。あれが井戸になった着陸歴マーキングね。あれ……」

 担当者その2は三つあるはずの着陸歴マーキングのうち、一つが見当たらない事に気づいた。

「どうなってるの」

 担当者その2は映像を止めて当該場所を拡大してみた。消えた着陸歴マーキングがあった場所には一回り大きな窪みがあった。

「掘り起こしたのね」

 窪みからは着陸歴マーキングを引きずっていった跡が轍のように残っていた。

「どこへ持って行って、何に使うつもりなの?収納庫にするには不安定な形状だと思うんだけど」

 担当者その2は顎に手を当てながら呟いた。

「まさか遊び道具にするんじゃないでしょうね」

 担当者その2はそう口にすると、苦笑を浮かべた。


 またある日の事。端部屋の入口のドアがスライドし、何代目かの担当者―仮に担当者その3とする―が姿を見せた。

「ここか、端部屋は」

 担当者その3は徐にシートに腰掛けると調節ボタンを押した。直後に内蔵機械が作動して背凭れが体に密着した。

「よし、それじゃやるか」

 そう呟いた担当者その3は前方のキーボードに手を伸ばすと、前任者のメッセージを表示させた。

「いろんな引継ぎ情報があるな……え、着陸歴マーキング?」

 担当者その3は着陸歴マーキングの詳細情報を表示させた。

「……それじゃ早速見てみるか」

 担当者その3は着陸歴マーキングのある場所の最新の録画映像を表示させた。

「なるほどな。ここは三つのうち二つが掘り起こされたんだな」

 あの場所にあった三つの着陸歴マーキングのうち、残っていたのは井戸となった一つだけであった。

「でも着陸歴マーキングはここだけじゃないんだろ」

 担当者その3が別の位置を入力すると別の場所が映し出され、そこには三つの着陸歴マーキングがあった。

「ここは三つ残っているけど、この辺りにも最高等種は住んでいるだろ。最高等種にもいろんなタイプがいるって事なのか……或いは着陸歴マーキングの近くをよく通るかにもよるのかも」

 担当者その3はモニターを着陸歴マーキングの詳細情報へと戻すと、続きを読んだ。

「なるほど。着陸歴マーキングは掘り起こされてしまうケースもあるんで、廃止になるのか……だったら今しがた見た映像も見られなくなるのかな」

 担当者その3はそう呟いた後、思い出したように言葉を続けた。

「いずれにせよこれだけ見てる訳にもいかないよな」

 担当者その3は傾いていた背筋を伸ばすと、メッセージを再びモニターに表示させた。


 またある日の事。端部屋の入口のドアがスライドし、何代目かの担当者―仮に担当者その4とする―が姿を見せた。

「……」

 担当者その4は室内を見回すとシートに腰掛けた。そして無言のままボタンを押してシートの調節を行った。

「……」

 担当者その4はモニターを一瞥すると、前方のキーボードに手を伸ばした。そしてゆっくりと、しかし確実に入力を実行した。

「……」

 担当者その4は無言で前任者のメッセージを読んだ。そして何かに反応したような表情を見せると、再びキーボードに触れて指を動かした。

「……これね」

 モニターに映し出されていたのは山の近くにある鉱山跡であった。担当者その4は映像を拡大し、坑道入口付近に散在している鉱石を真剣な面持ちで見つめた。

「確かに第一鉱石に似ているわね……でも」

 担当者その4は顎に手を当てて考え込んだ。

「使えるかどうかはサンプルを採取してみないと分からないわよね」

 担当者その4はキーボードを操作し、調査状況を確認してみた。

「そう……既に探査機が現地へ向けて出発したのね」

 担当者その4は軽く頷くと、この件に関する詳細情報を表示させた。

「へえ……最近の搭乗型探査機は単独で操縦できるようになったのね」

 担当者その4はそう呟いた。その表情は何処となく満足げであった。



 地球では中世のある時期。サンプル採取担当の最上級種アトオを乗せた探査機は宇宙空間をワープ飛行して太陽系に到着。その数十時間後には地球の大気圏に突入していた。

「空気抵抗確認。機体角度修正」

 ヘルメットに内蔵されたマイクに向かってアトオは話しかけた。やがて垂直飛行を続けていた探査機は徐々に機首をもたげ、水平飛行へと移行していった。

「修正完了。エンジン噴射開始」

 探査機の後部ノズルからは炎が伸びた。やがて探査機は上空での自力飛行を開始した。

「これより目的地に向かう。後程また連絡する」

「了解」

 アトオは惑星探査機関との通信回線を一旦切ると、操縦桿の脇にあるモニターのボタンを押した。

「さて……目的地はと」

 モニターに表示された世界地図のうち、ある地点に印があった。

「そして現在位置は……ここか」

 アトオは大洋上で点滅している印、そして隅に表示された数字に順番に目をやった。

「到着予定時刻までは十分に時間はあるな……まあのんびり行くか」

 アトオはそう呟くと視線を進行方向へと戻した。


「さて・・・どの辺まで来たかな」

 暫くの後にアトオは再びモニターを確認してみた。探査機は目的地まで数百キロメートルの位置に移動していた。

「あと少しだな」

 アトオは探査機の速度を落とし、徐々に高度も下げていった。やがて現在位置を示す印と目的地を示す印が重なりそうになった。

「この近くだな」

 周囲は山や丘陵が散在する地となっていた。アトオは通信回線を開いた。

「こちらアトオ。これより着陸する」

「了解」

 程なくして後部ノズルからの噴射が止まり、下部ノズルからの噴射が始まった。機体の前方と両脇からは着陸用の脚も伸びてきた。既に脚の先端の着陸歴マーキングは廃止となっていた。

「あの辺りにするか」

 眼下にやや広い平地を見つけたアトオは探査機をそこへと降着させた。

「目的地の近くに着陸した。これよりサンプル採取活動に入る」

「了解。着実に遂行されたし」

 その言葉を聞くとアトオは通信回線を切り、操縦席を立って搭乗口へと向かった。

〝ウィィィン〟

 搭乗口の扉が倒れるように開き、中からはぴったりした服を着たアトオがその姿を見せた。

「報告通り、我々にも十分吸える空気だな」

 アトオは大きく息を吸い込むとそう呟いた。次いで物珍しげに景色を見渡した。

「本当にいい惑星だ……仮に我々の惑星にもっと近く、ワープ飛行を使わなくても来れる距離にあったなら、既に交易プロジェクトの対象となっていたかもな」

 アトオはそんな事を呟きながら扉の斜面を徐に下りていった。

「む、あれは……」

 大地に降り立ったアトオの視線の先には、驚いた様子で逃げてゆく少年の姿があった。

「やれやれ、もう見つかってしまったか」

 アトオは困惑した表情で手首の通信端末に触れた。すると扉が元通りに格納された。そして探査機の周囲からは特殊な光線が放出され、不可視状態となった。

「これでよし。それで例の場所は……」

 アトオは目を凝らして周囲を眺め回してみた。すると山の一つの麓近くに鉱山跡らしき設備が見えた。

「あそこだな」

 アトオはそれを目指して歩き出した。暫くしてアトオの視界に坑道の入口が見えてきた。

「ふぅむ」

 アトオは入口付近に散在している鉱石の欠片の前で足を止めると、それをしげしげと見つめた。

「第一鉱石にしては光沢がないな……全然違う鉱石かもな」

 アトオは腕を組んで眉をひそめながら呟いた。

「まあとにかく二、三個貰っていこう」

 アトオは手を伸ばして落ちていた鉱石の欠片の一つを掴もうとした。

〝※※※※※〟

 その時、坑道の入口から動物の唸り声がした。アトオが目を向けると野生の狼が出てくるのが見えた。

「おっと……あれは確か四足歩行型中等種の中でも、攻撃力がある奴だったよな」

 アトオは体勢を戻して腰に下げていた棒状の武器を引き抜くと、その狼の前方へと向けた。武器の先端部分から光線が発射されると、狼の前方の地面には大きな穴ができた。驚いた狼は何処かへと逃げ去った。

「まあ、仕事は無難に進めないとな」

 アトオはそう呟いて武器をしまうと、右手と左手で鉱石の欠片を一つずつ掴んだ。そして踵を返すと徐に歩き始めた。

「やれやれ、これだけのために苦労させられるよな」

 アトオは両手に持った鉱石の欠片を交互に見ながら溜息をついた。

「しかし遠隔操作型探査機ではサンプル採取活動は確実性が低く、失敗してしまうリスクも高いからな……結局我々が来る事になるんだよな」

 そんな独り言を口にしながらアトオは歩を進め、先程いた場所へと辿り着いた。そして探査機を可視状態に戻して搭乗口の扉を開くと、ゆっくりと斜面を上っていった。

「さらば、塩水の惑星よ」

 アトオは扉を閉じようとする際、名残惜しそうに景色を見つめて呟いた。その時であった。

「え、何だって?」

 アトオは慌てて扉の収納を停止させた。聞き覚えのある言語が微かに聞こえたからであった。

「『タ・ベ・モ・ノ・ハ・ド・コ・ダ』だと?」

 アトオは周囲を見回してみたが、その生き物の姿は見つけられなかった。

「あっ、また聞こえた。ようし……」

 アトオは急遽、通信端末の録音機能を作動させた。そしてその声を拾った。

「録れたかな?これは帰ったら早速報告しないとな」

 興奮した表情でアトオは扉の収納を再開させた。そして操縦席に座ると通信回線を開いた。

「こちらアトオ。サンプルを採取した。これより帰還する」

「了解。無事に戻られたし」

 アトオは返事を聞くとエンジンを起動させた。程なくして探査機の下部ノズルから噴射が始まり、機体は轟音と共に空中へと消えていった。


 その後無事に自分達の惑星へと帰還したアトオは採取してきた鉱石と手首の通信端末を惑星探査機関に提出すると、任務終了となった。

〝トゥルルルル〟

 長旅を終えた彼には暫しの休暇が与えられていた。自宅で婚約者と親密な時間を過ごしていると、携帯型通信端末が着信音を響かせた。

「うるさいな……折角いいとこなのに」

 アトオはぶつぶつ言いながら婚約者から離れると、手を伸ばして通信端末を取った。

「はいアトオです……あ、これはチーフ……え?『すぐ来てくれ』ですか」

 突然の呼び出しにアトオは困惑した表情になった。

「どうしたの」

 婚約者が姿勢を正しながら問いかけた。

「分かりました……」

 アトオは通信端末の回線を切ると、不満げな表情を浮かべた。

「参ったな。呼び出しがかかっちゃったよ。行ってくる」

 アトオはそう言うと面倒臭そうに身支度を始めた。

「呼び出しって……休暇中なのに?」

「すぐ戻るよ。少し待っててくれ」

 外出準備が整うとアトオはそう告げて部屋を後にし、惑星探査機関へと向かった。取り残された彼の婚約者は暫くの間、呆気に取られた表情でドアを見つめ続けた。


 数十分後。惑星探査機関の会議室のドアがスライドし、駆けつけてきたアトオが姿を見せた。テーブルの各席ではチーフを始めとする管理職クラスの最上級種達が彼の到着を待っていた。

「失礼します」

「おお来たか。早かったな」

「何事でしょうか、チーフ。例の鉱石の鑑定が終わったのですか」

「ああ、あれか……残念ながらあれは第一鉱石とは全く違う物質であると、鑑定部の方から報告があったよ」

「そうでしたか。それは残念です」

「それよりも、君が偶然録音した声についてだが」

「あれですか。私も気にはなっていました。ちゃんと録れていましたか」

「私も聞かせて貰ったよ……これは我々の言葉に違いないと、先程も皆で話し合っていたのだ」

 その言葉に呼応するかのように、他の者達が頷いた。

「やはりそうでしたか。私の錯覚ではなかった訳ですね」

「錯覚どころか君、これは惑星探査機関始まって以来の大発見かもしれんよ」

 傍らにいた別の最上級種が口を挟んだ。

「本当ですか」

 嬉しそうな表情を見せたアトオに対し、チーフが付け加えるようにこう言った。

「そして我々はこの声の主とのコンタクトを試みるべきだと思うのだ。我々に協力してくれる期待も含めてな」

「私も同感です」

「そこでだ。君にすぐに塩水の惑星へと飛んで貰いたいのだ」

「えっ、何ですって」

 アトオはチーフの言葉に耳を疑った。

「何故私をまたあそこへ?同じ惑星への連続派遣は回避するのが原則ではないのですか」

「原則はそうだが今回は特例だ。録音記録はあるものの、実際にこの声を生で聞いた者は君しかおらん。他の者では誤認が生じる可能性がある」

「それはそうですが……」

「この件に関する調査を確実に行うためには、当事者が望ましいと局長からの指令も出たのだ」

「局長命令……という事ですか」

「そうだ。これを拒否するのなら、それなりのペナルティを覚悟した方がいいぞ」

「……分かりました。行ってきます」

「頼むぞ。必要機材は探査機に搭載しておくからな」

「……では家に帰って出発の準備をしてきますので」

 アトオはそう伝えると、うんざりした表情で会議室を後にした。

「強引だよな……しかし」

 アトオは内心、自分でもあの声の主が気になっていた。その正体を誰よりも早く知る事ができる―そう前向きに捉える事にした。

 

 時の経過。アトオが再び地球の大気圏に突入する日が訪れた。

「機体角度修正完了。エンジン噴射開始。これより例の場所に向かう」

「了解」

 アトオはモニターに視線を向けて現在位置を確認した。

「計算通りだ。この前よりも目的地に近い」

 アトオはそう呟くと遙か前方に視線を向けた。

「今回はのんびりしてる暇はないな」

 アトオは苦笑しながら操縦桿を操作し、探査機の速度と高度を序々に下げていった。

「ほら、もう見えてきた」

 アトオは見覚えのある山を遠目に見つけた。

「目的地に着いた。これより着陸し、調査活動に入る」

「了解」

 アトオはその言葉を聞くと通信回線を切った。探査機からのジェット噴射を後部ノズルから下部ノズルへと切り替え、着陸態勢へと入った。探査機は前回の着地点に程近い場所に降着した。

「まさかこんなに早く、この惑星に戻って来る事になるとはな……」

 アトオはそう口にすると操縦席を立った。そして探査用の装備一式が入ったザックを背負って搭乗口の扉を開けると、再び地表に降り立った。

「最高等種の姿はないな……よし」

 アトオは周囲を見回して無人を確認すると、搭乗口を閉じて探査機を不可視状態にした。

「それじゃ探してみるか」

 自分自身に言い聞かせるようにアトオは呟いた。唯一の手掛かりは彼自身が聞いた声だけであった。この近辺から探すしかないだろうなとアトオは思った。

「さて……」

 しかしまずはどの方面を探索すべきだろうかとアトオは考えた。確率的に同じなら、あの四足歩行型中等種と接触する機会が少なそうな方面を先にするか―そう思ったアトオは鉱山跡とは反対の方向へと歩き始めた。

 その周辺のやや遠方には小高い山が幾つかあり、様々な木々の植生もあった。アトオはとりあえず一番近い山の方向へと歩を進めた。

(どんな生き物だろうか……どんな姿をしているんだろうか)

 アトオは想像を巡らせながら歩き続けた。姿形が分からないので、調査活動は聴覚に頼るしかないという状況であった。

(こんな事ならあの時もう一度外に出て、声の主を確認しておくべきだったな)

 アトオは苦笑しながら足早に去ってしまった前回訪問時の対応を悔いた。しかし今更後悔しても遅いだろうとも思った。


 その後もアトオは耳を澄ませながらの探索を続けたが、行けども行けども何の声も聞こえてこなかった。歩き疲れてきたアトオは次第に不機嫌になっていった。

「だいたい無茶苦茶な指令だよな……こういう探索は大勢でやった方が効率的なのに」

 アトオはぶつぶつ文句を言いながら山の麓に辿り着いた。その時であった。

「え?」

 アトオは動きを止めた。彼の聴覚が聞き覚えのある声を捉えた。

「『ハ・ラ・ヘ・ッ・タ』だと……」

 アトオは耳をそばだてた。確かにあの声であった。

「何処だ。何処にいるんだ」

 アトオは意識を集中させた。どうやらその声は山の頂の方から聞こえてくるようであった。

「この上か?」

 アトオは山を見上げた。その山の斜面は急勾配ではあったが登れない事もなさそうだった。

「登ってみるか」

 アトオはザックの中から登山用の手袋を取り出して両手にはめると、徐に山登りを始めた。

「よいしょっと」

 手元や足元を確認しながらアトオは慎重にその山を登り進めていった。

「む……あれは」

 中腹まで登ってみると周囲を木々に覆われて麓からは見えない所にちょっとした平地があり、その奥に洞穴があるのがアトオに見えた。

「こんな所に洞穴があるなんて」

 その時、穴の中からは再びあの声が聞こえてきた。

「ここだ。間違いない」

 アトオは手袋をしまい、代わりに小さな筒を取り出してスイッチを入れた。するとその先端からは目映い光が放たれた。筒の中は彼等の惑星のコケ―地球のヒカリゴケに似ているが、桁違いの光量を自力発光にて生み出す植物―で満たされていた。その光を頼りにアトオは洞穴へと足を踏み入れた。

「おっとっと」

 暫く進むとアトオは足を取られて躓きそうになった。何事かと足元を照らしてみると、お椀のような形に藁が敷き詰められていた。

「これは……巣なのか」

「誰ダ」

「え?」

 アトオは視線を上げ、声のした方向を照らしてみた。

「眩シイ」

 その声を発していたのは嘴と翼を持つ生き物であった。

「お前が……声の主の正体?」

 アトオは驚いた。その姿はこの惑星の最高等種とは似ても似つかない、飛行型中等種と認識していた種族に見えたからである。

「ヤメテクレ」

 その生き物は光に対して顔を背け、青い体から無数に生えている色とりどりの羽毛を震わせた。

「ああ、これは悪かった」

 アトオは筒を調節して光を弱めた。

「これでどうだ」

 するとその生き物は顔をアトオの方へと向け、彼を睨みつけるとこう言い放った。

「オ前ハ何者ダ」

「それはこちらの台詞だよ」

 アトオは幾分落ち着きを取り戻した口調でこう続けた。

「俺は調査目的でこの惑星に来ている者さ。遠隔の惑星からやって来たんだ」

「……」

「正直言って驚いたよ。俺達の言葉を話す生き物がいたなんて」

「俺モ驚イテイル……オ前ニ似タ奴等トハ言葉ガ通ジズ、シカモ何度モ命ヲ狙ワレテイタカラナ」

「そうだったのか」

「オ前ハ俺ニ危害ヲ加エルツモリナノカ」

「そんな事しないさ。俺はお前の敵じゃないよ。それに彼等と言葉が通じないのは俺達も一緒さ」

 アトオは掌を見せて敵意の無い事を示すとこう付け加えた。

「ところで俺達はこの惑星で協力してくれる奴を探しているんだ。どうだ、俺と組まないか」

「組ム?何ヲ?」

「つまり俺の仲間にならないかって事さ」

「オ断リダ」

「何だって?何故嫌なんだ」

「何デオ前ノ仲間ニナル必要ガアルンダ。仲間ニナルト何カイイ事ガアルノカ」

 アトオは一瞬困惑したが、ふとザックの中にある携行食の存在を思い出した。

「ああ。これはお前にもメリットがある話なんだ。報酬だって用意してある」

「報酬?」

 アトオはザックを下ろして中から練り固めて作られた食物を取り出すと、その生き物の前に放り投げた。

「それだよ。食ってみろよ」

 その生き物は最初は胡散臭そうに匂いを嗅いでいたが、程なくしてそれを食べ始めた。そして食べ終えるとこう言った。

「悪クナイナ」

「そうだろう。俺の仲間になれば、これをもっとやるぞ。どうだ」

 アトオの言葉にその生き物は暫く考え込んでいたが、やがてこう口にした。

「具体的ニ何ヲスレバイインダ」

「そうだな……まずは未知の場所を調べる手助けをして欲しいんだ。まだカメラで撮影していない場所も多いしな」

「カメラ?」

「うん。カメラといって映像を撮れる機械があるんだ。俺達はそれを使ってこの惑星のあちこちを撮影してきたんだ」

「フゥン……ソンナ便利ナ物ガアルノカ」

「でもカメラで撮影してきたのはこの惑星の一部で、そこに何があるのかまだ把握していない場所も多い。そういった場所の調査を補助して欲しいんだ」

「ナルホド」

「そうして未知の場所に何があるかが分かれば、この惑星で産出される鉱物や動植物のサンプルの採集にも役立つからな。本当は最高等種、いや俺に似た奴等に訊く事ができれば一番いいんだが……さっきの話だとお前も彼等とコミュニケーションを取る事は難しいんだよな」

「ソウダ。シカシ俺ニ似タ奴等トハ、何トカ意志疎通デキルカナ」

「それは本当か?飛行型中等種とはできるのか。最高等種ではないのは残念だが、我々の役に立ってくれるかもしれん……これは大きなニュースだ。ちょっと待っててくれ。一旦上司に報告してくるから」

 アトオはそう言い残すとその洞穴を後にした。

「しかしこんなに早く、ピンポイントで声の主を見つけられるなんて思わなかったな。俺の勘も大したもんだ」

 満足気な表情でそう呟いたアトオは登山用手袋を再び取り出すと、それを使って慎重に山を下りていった。


© Inaba Takahiro 2011

全体の1/6程を投稿しています。続きを読んでみたいという商業出版社の方からのご連絡お待ちしています。

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