出発準備
部屋に入り、クローゼットの奥から昔の服が入ったダンボール箱を引き出す。
「見てみて、アリス。いくつか出してみるから、もし気になるものがあったら教えてくれる?」
私は箱の中から、いくつか服を取り出して、ベッドの上に広げてみせた。
生成り色の柔らかなブラウス、少し色あせたチェック柄のワンピース、落ち着いた紺色のフレアスカート……。
「どうかな? このブラウスとスカートを合わせてもいいし、こっちのワンピースも、楽でいいかもしれないけど……」
私が服を指さしながら説明すると、アリスはベッドのそばに寄り、広げられた服をじっと見つめている。その大きな瞳が、戸惑うように揺れていた。
自分の服を自分で選ぶ、という経験が、もしかしたらないのかもしれない。
「……アリスは、どんな色が好きとか、ある?」
少しでも選びやすくなるように、私は尋ねてみた。
アリスはしばらく考え込むように俯いていたけれど、やがて、おそるおそる、といった感じで、生成り色のブラウスに小さな指先でそっと触れた。
「……これ……」
か細い声。
次に、その指は紺色のスカートの上をするりと滑る。
「……と、これ……?」
どうやら、この組み合わせが気になったらしい。
「うん、いい組み合わせだと思うよ。きっとアリスに似合うはず」
私は笑顔で頷き、選ばれたブラウスとスカートを畳んでアリスに手渡す。
「ありがとう……」
アリスは、差し出された服を小さな両手でしっかりと受け取る。
「じゃあ、着替えてみて。私はリビングで待ってるから、もし何か困ったことがあったら、遠慮なく声をかけてね」
私はそう伝え、部屋を出てリビングへと戻る。アリスはこくりと小さく頷き、手の中の服を見つめていた。
リビングの椅子に座り直し、私は静かに寝室の扉を見つめる。
しん、と静まり返った家の中に、時折、寝室の方から微かな物音が聞こえてくる。かさ、という衣擦れの音。
ちゃんと着替えられているだろうか。サイズは大丈夫かな……。
考え出すと、きりがない。
私は無意識のうちに、自分のペンダントの先に指先で触れていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
不意に、寝室の扉が、ぎぃ、と控えめな音を立てて、ゆっくりと開いた。
はっとして顔を上げると、そこには、着替えを終えたアリスが、扉の隙間からこちらをうかがうように、半分だけ姿を見せていた。
生成り色のブラウスに、紺色のスカート。
やっぱり、全体的に少し大きい。袖は指先が隠れるくらい長いし、スカートの丈も長い。
でも、濃紺の長い髪と、白い肌によく似合っていた。うん、悪くない。
アリスは、部屋の入り口で立ち尽くしたまま、どこか居心地が悪そうに、自分のスカートの裾を小さな手で弄んでいる。そして、おずおずと顔を上げて、私を見た。
その瞳が、不安そうに揺れている。
「……あの……」
か細い声で、アリスが口を開いた。
「……この服……変じゃないかな……?」
自分の姿が、私の目にどう映っているのか、すごく気にしているみたいだ。その問いかけに、私は自然と笑みがこぼれた。
「ううん、変じゃないよ。よく似合ってる」
私は椅子から立ち上がり、アリスのそばに歩み寄る。
「その服もスカートも、落ち着いた感じで素敵だと思う。……少し大きいのは、ごめんね。私の昔のものだから」
アリスは私の言葉を聞きながら、自分の服の袖をきゅっと握る。
「袖は、少し長いかな。こうして捲っておこうか」
私はアリスの袖口にそっと手を伸ばし、丁寧に折り返してあげる。アリスはされるがままになっていたけれど、その指先の力が少しだけ抜けたように見えた。
「ありがとう……」
小さな声で、ぽつりと礼を言われる。
「どういたしまして。……でも、もっとサイズの合う服の方が動きやすいだろうから、近いうちに一緒に見に行こう」
「……うん」
アリスの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。よかった。
「よし、じゃあ、行こうか」
私はアリスに優しく声をかけ、玄関へと向かう。
「外はまだ少し霧が出てるから、足元に気をつけてね」
カチャリ、と玄関の鍵を開け、私たちは外に出た。
ひんやりとした、白い霧に包まれた世界へと、二人で一歩、踏み出した。