帝国の魔法士
「(まずは、あの剣士から!)」
私は冷静にターゲットを定め、右手を地面に向ける。
「――穿て!」
私の言葉に呼応し、剣士が踏み込もうとしたまさにその足元から、鋭く尖った岩の杭が数本、勢いよく突き出した!
避けきれなかった足が、そのうちの一本に深々と貫かれる。
「ぐあああっ!」
剣士は悲鳴を上げ、前のめりに倒れ込み、地面でのたうち回った。これで一人目は行動不能。
しかし、もう一人の剣士が、仲間がやられたのを見て逆上したのか、私との距離を一気に詰めてくる! 速い!
「――風よ」
剣が私の首筋を薙ごうとした瞬間、私は魔法で自身の身体を瞬間的に加速させ、まるで風に舞う木の葉のようにその場から高速で離脱する。振るわれた剣が空を切り、その勢いで剣士は体勢をわずかに崩した。
好機!
「――燃え尽きなさいッ!」
私は回避と同時に、手のひらから凝縮された炎の塊を叩きつけるように放った。
炎は剣士の右腕を捉え、バチッという音と共に焦げ臭い匂いが立ち込める。
「ぎゃあああ!」
戦士は短い悲鳴を上げ、剣を取り落として地面に転がり、火傷の痛みにもがき苦しんでいる。これで二人目も、戦闘は不可能だろう。
息をつく間もなく、残るは魔法士ただ一人。
私は呼吸を整え、魔法士と真っ直ぐに向き合った。森の中には、私たちの荒い息遣いと、負傷した戦士たちの呻き声だけが響いている。
「ユスレ村の魔法士、セラ・アストラです」
私は静かに、しかしはっきりと名乗った。
「あなたたちは何者? なぜ村の人たちを襲うような真似をするの!」
フードの奥から、魔法使いの苦々しい声が漏れた。その声は、どこか歪んだ憎しみを帯びている。
「……まさか、こんな辺境の村に、これほどの魔法士がいるとはな……計算外だったわ」
声色からどうやら、相手は女性のようだ。
「我らは、二十年前の屈辱を忘れぬ者。偉大なるガルニア帝国の栄華をよみがえらせんとする者」
「ガルニア帝国……!?」
二十年前の大戦で、私たちの国と敵対した隣国だ。
「そうよ! 今日は、お前たちが忌々しい『戦勝』を祝う日なのだろう? 我らにとっては同胞を殺された、屈辱と怨嗟の日だ! その祝祭に血の花を添えてやるためにやってきたのだ」
魔法使いは、狂的な光を宿した目で私を睨みつける。
「おしゃべりは終わりよ、小娘! 今日、この日、この場所で、お前たちオリエントの民に、我らの怒りを思い知らせてやるわ!」
女が叫ぶと同時に、その手の先から黒紫色の渦巻くエネルギー球が数珠繋ぎになって放たれた! それは地面を抉り、木々を薙ぎ倒しながら、私めがけて迫ってくる!
(なんて威力……! あれにまともに当たったら……!)
私は咄嗟に大きく横へ跳び、紙一重でそれを回避する。エネルギー球が先ほどまで私がいた場所を掠め、背後の大木に直撃し、轟音と共に木っ端微塵に吹き飛ばした。
息つく暇もない。女は立て続けに、炎の鞭や、鋭い岩の槍を魔法で生み出し、私に襲いかかってくる。一つ一つの魔法の威力もさることながら、その連携は巧みで、私を休ませる隙を与えない。
これが、実戦……。私は防御魔法と回避運動を組み合わせながら、必死で攻撃を凌ぐ。頬を熱風が掠め、足元では岩の槍が地面を穿つ。
けれど、ただ守っているだけではジリ貧だ。私は相手の魔法の合間を縫って、反撃の機会を窺う。
女の魔法は大振りで破壊力は高いけれど、その分、発動の瞬間にわずかな隙ができる。そこだ!
「――光よ、集え!」
私は右手に魔力を集中させ、高密度の光の槍を瞬時に生成。それを、女が次の魔法を放とうとしたまさにその瞬間、寸分の狂いもなく投げつけた!
光の槍は女の防御魔法を貫き、その肩を浅く掠める。
「ぐっ!?」
女が短い悲鳴を上げ、体勢を崩した。その隙を逃さず、私はさらに追撃の魔法を放つ。今度は、無数の小さな光の刃だ。それらは女の周囲を取り囲むように舞い、逃げ場を塞ぎながら、徐々に彼女を追い詰めていく。
「くっ……この、小娘が……!」
女は焦りの表情を浮かべ、必死に防御魔法を展開するが、私の精密な連続攻撃に、その防御は徐々に削られていく。そして、ついに私の放った一際大きな光の刃が、女の肩を切り裂いた。
肩を押さえ、荒い息をつきながら私を睨みつける女。明らかに、私が優勢だった。
「これで……終わりよ」
私が最後の一撃を加えようと魔力を高めた、その時だった。
女は、先ほど私が無力化した二人の剣士を一瞥すると、その口元に、ぞっとするような冷酷な笑みを浮かべた。
「……無駄死にはさせないわ。あなたたちの魂は、いずれガルニアの栄光のために……!」
女が何かを呟いた瞬間、負傷して呻いていた二人の剣士の身体が、不気味な黒い光に包まれた。
「なっ……何を……!?」
私が叫ぶのと同時、剣士たちの身体は激しい閃光と共に、跡形もなく爆散した。いや、魔力の奔流となって霧散した、と言った方が正確かもしれない。そこにはもう、何も残っていなかった。味方を、こんな形で……!
私はそのあまりにも非情な行為に、言葉を失い立ち尽くす。
女は、その爆発の衝撃と、私が動揺した隙を利用して、素早く森の奥へと逃走を図ろうとしていた。
「待ちなさいッ!」
私は咄嗟に叫び、後を追おうとする。けれど、女の動きは速く、みるみるうちにその姿が木々の間に遠ざかっていく。
深追いは危険かもしれない。でも、このまま行かせるわけには……!
「あなたは、一体何者なの!」
彼女はこちらを振り返ることなく、ただ一言だけ、冷たい声を残していった。
「……レイ。それだけ覚えておけばいいわ」
それだけ言うと、レイと名乗った女は、完全に森の闇の中へと姿を消してしまった。
後に残されたのは、戦闘の生々しい痕跡と、焦げ臭い匂い、そして、私の胸の中に渦巻く、怒りと無力感、そして……「レイ」と名乗ったあの魔法使いと、彼女の背後にいるかもしれない未知の敵への、底知れぬ不安だけだった。




