9.女神像
アカデミアからそれほど遠くない丘の上で、新たな大神殿が建設中である。奥の大神殿は、基礎工事が始まったばかりでまだ影も形もないが、一番手前の門と小さな広場がこの度完成し、今日はその開場式である。
真新しい大理石の門には、ギリシアの神々の姿や神話の一場面が、見事な彫刻で施されている。門を入った円形広場の廻りには、12体の女神像が立っている。12体の大きな女神像は大理石でできており、それぞれが1年の各月を象徴している。真夏の青空に、門と女神像は白く輝き、大変美しく神々しい。
完成したばかりの神聖な広場を一目見ようと、街中から大勢の人々が集まって来て、門の前は大混雑だ。開場の式典で音楽隊の演奏があると聞き、アンナは音楽過程の同級生数人と共に見に来ていた。
小さな円形広場の中央で、式典が始まった。神官が登場し、神聖な儀式を行う。次に巫女たちが現れ、音楽隊の演奏に合わせて華麗に舞って、神に祈りを捧げる。
見物客が多すぎて、小柄なアンナは人波に埋もれて、巫女の舞踊や音楽隊の姿を見ることはできなかったが、すばらしい演奏は聞くことができた。風に乗って響いてくる音楽隊の調べは、繊細なのに力強く、可憐で優雅だった。その素晴らしい演奏に、アンナの心は震えた。
式典が終わると、先ほどまで神官・巫女や音楽隊がいた円形広場が解放され、民衆も入れるようになった。
見物客は、小さな円形広場になだれ込んだ。
広場の周りに立つ12体の女神像は各月を表しており、自分の誕生月の女神像の前で祈りを捧げると、願いが叶うと言われている。すべての女神像の周りには、あっという間に人だかりができた。
アンナは人混みの中、音楽過程の同級生と離れてしまった。11月生まれのアンナは、もみくちゃになりながら誕生月の女神像を目指して進んだ。
ようやく11月の女神像の近くにたどり着き、その優雅な姿を見上げようとした時、アンナは驚きに目を見開いた。
そこに、テオがいたのだ。
「こ。こんにちは!テオさんも11月生まれですか?」
テオは、アンナの声に気づき、ゆっくりと視線をアンナに移した。彼の瞳に、何の感情も読み取ることはできなかったが、拒絶の色は無い。
「あの・・・、これは11月の女神様だって聞いたんですけど・・・テオさんも、11月生まれですか?」
アンナがもう一度尋ねると、テオは無言で、軽く頷いた。
同じ誕生月だ!それだけのことなのに、なぜかテオとの距離が少し縮まったような気がした。
テオの視線は、再び女神像に戻った。喧騒の中にありながら、彼だけが静寂の中にいるようだった。
アンナはもう少し話しかけようとしたが、人波に押されてテオと離れてしまった。そうこういるうちに、同級生と再会したアンナは、結局、11月の女神像に祈ることができないまま、アカデミアに戻った。
しばらくの間、新たな神殿広場は見物客が絶えなかった。ひと月ほどして参拝者がかなり減った頃、アンナの母と末っ子のソフィアが、神殿広場の見物に来ることになった。父は畑仕事が忙しくて来ないとのことだった。実は、神殿見物を口実にアンナに会い、畑でとれた果物をアンナに渡すのが、母の本当の目的だった。
アンナは、開場式典の当時の様子を説明しながら、手前の門をくぐった。式典当時は人が多すぎて、円形広場を囲む12体の大きな女神像は見えなかったが、今日は全体を眺められる。真新しい女神像は、陽に照らされて白く輝き神々しい。
音楽隊の調べがいかに素晴らしかったか、アンナが熱弁していると、末っ子のソフィアが急に走り出した。
「お兄ちゃん、かっこいいねー!」
向かった先にはテオがいた。テオは、女神像を観察しながら、蝋板に葦のペンで何やら一生懸命メモをしている。
「お兄ちゃん、何を書いてるの??」
ソフィアの甲高い声が響くが、テオはいつもどおり無言だ。
アンナは、ソフィアを追いかけ、ソフィアを捕まえながら謝った。
「す、すみません。妹がまた、お邪魔して・・・ホントにごめんなさい!」
ソフィアの手を引いて、テオから離れ、母の方へ行った。
アンナは しどろもどろになりながら、母に先ほどの説明の続きを話した。母はずっと笑顔で、田舎から持ってきた果物をアンナに渡して、満足げに帰っていった。