6.運営委員
テクネーアカデミアでは、年に2回、学院祭がある。
春の学院祭は、一か月前から準備が始まり、各技能過程から一人づつ選出された人で運営していく。運営委員は地味で忙しいので、誰もなりたがらない。
音楽過程も同じで、上級生たちは新入生に運営委員をさせようとし、熱で休んでいたアンナが運営委員に選ばれたのだった。同室のマリアが少し抵抗してくれたようだが、先輩たちに押し切られたという。
欠席裁判で運営委員にされてしまった事に少し不服はあったが、仕方がない。アンナは授業後、運営委員会に行った。すると、彫刻過程からは、あの美少年が選ばれていた。
「各過程の代表者のみなさん、ご苦労様です。これから運営計画を説明します。」と、委員長の声が響く。
運営委員の中で いろいろな仕事を割り振られるようだ。仕事は2人ペアで行うらしい。基本的に、男子同士、女子同士でペアを組むが、男子棟も女子棟も過程が奇数なので、一組だけ男女ペアとなる。
そのくじ引きで、なんとアンナは、あの美少年とペアを組むことになった。たった1つの男女ペアに当たったことに驚き、戸惑うアンナ。
「はじめまして、音楽過程のアンナです。よろしくお願いします」と緊張しながら握手を求めたが、「・・・・彫刻過程のテオ」とだけ返ってきただけだった。噂どおり無表情で冷たかったが、間近で見ても、彼は美しかった。
運営委員会でアンナとテオに振り分けられた仕事は、本当に地味だった。
ゴミ箱とその案内看板をたくさん用意して、祭の前日に各所に設置し、祭が終わった後、それらを回収し焼却所へ持って行くのである。
ゴミ箱と看板の材料はすでに用意されているが、2人だけで作らなくてはいけない。意外に多い作業だ。
さっそく2人は作業に取り掛かるが、アンナがテオにいろいろ尋ねても「Yes」か「No」くらいしか返事がない。
アンナが寄宿舎に帰ると、同室の二人が運営委員会の様子を聞いてきた。アンナはテオと組んで地味な作業になった事を話した。
「え? あの 無機質な美少年と組んだの?」
「氷のテオ様と組んで、だいじょうぶ? やっていける??」
マリアとシンシアの興味津々な反応に、アンナは少し困りながらも答えた。
「うん、地味な作業だけど、やらないといけないし・・・」
シンシアが少し同情したように言った。
「でも、アンナなら絶対にできるよ!頑張って!」
マリアは少しいたずらっぽく言った。「アンナの明るさで、氷を溶かしちゃえばいいじゃんー」
マリアもシンシアも半分同情し、半分は好奇心で面白がっていた。
何日たっても、テオは不愛想で喋らない。
しかし、アンナが話しかければ、彼の返事は「Yes」「No」と短いけれど、確実に返ってくる。首を縦か横に振るだけの時もあるが、完全に無視しているわけではなさそうだ。
<嫌われてないなら、ま いいっか>とポジティブに考え、テオと作業を続けた。
材料は工作室に、まだ山のようにある。粗削りの木材、鉄の留め具、古びた布地、ペンキと刷毛など。
テオは手際よくゴミ箱を組み立て、ペンキで彩色していく。そのデザインはシンプルだが美しい。手先の器用さと確かな技術、芸術的センスに、アンナは感心しきりだった。
音楽過程では、学院祭に向けて、演奏の練習が始まった。学院祭では、上級生が楽器を演奏し、新入生はその後ろでコーラスをする。アンナ達はソプラノとアルトに分かれて、毎日練習した。上級生たちは学院祭が近づくにつれ、日に日に緊張感でピリピリしていった。小さなミスにも大きな声で叱責されることがあり、練習中の雰囲気は一層厳しくなっていった。
刺繍過程でも、学院祭で展示する作品作りが佳境に入り、上級生がピリピリしているらしい。
アンナとマリア、シンシアは寄宿舎に帰ると、毎晩、学院祭への不安や先輩の愚痴をこぼし合い、3人で慰め合った。
昼間は音楽過程での演奏の練習、授業後は運営委員としてテオと準備作業をするという、忙しい毎日だった。ときどきアンナが話しかけるが、相変わらずテオは不愛想だ。釘を打つ音、布地を切るハサミの音、刷毛の擦れる音だけが作業室に響く。
言葉でのコミュニケーションはほとんど成立しなかったが、2人の作業は驚くほどスムーズに進んだ。
そして、彼と一緒に過ごす時間が、思った以上に心地よいものであることを、少しずつ感じ始めていた。




