3.テクネーアカデミア
同居人の不快感が漂う重苦しい空気で部屋は満たされ、
孤児院に新しい先生が来た。新しい先生は、孤児院の仕事になじめなかったのか、1年ほどで辞めていった。
また、孤児院に新しい先生が来た。今度は男の先生だった。
ディオン先生はバイタリティ溢れる先生だった。声は大きく、よく笑い、太陽のように明るい。力持ちだが優しく、面倒見がいいので、孤児院の子どもたちはすぐに懐き、まるで年の離れた兄のように慕った。彼のまなざしはいつもまっすぐで、誰にでも平等だった。
ただ一人テオだけは、殻に閉じこもったままだった。先生は、無表情で無口のテオの扱いに思案した。「どうしたら、この子の心に触れられるんだろうか・・・」
ある日、テオが何気なく削っている木片に、ディオン先生の目はくぎ付けになった。荒削りではあるが、優雅な美しさがある花が彫られていたのだ。テオは手先が器用で芸術のセンスがあることに、先生は気づいた。
街には 芸術や技術の専門学校「テクネーアカデミア」がある。交易が盛んなこの街は、陶器や金属細工、織物、革製品、宝飾品などを製造する職人を、街ぐるみで育成しているのだ。また、街は演劇や舞踊・音楽などの娯楽芸術にも力を入れており、そういった芸術家の育成も行っていた。
「テクネーアカデミア」には寄宿舎もあり、そこで技を習得すれば職人の道が拓ける。ディオン先生はテオにテクネーアカデミアの話を熱心にした。
テオはそのアカデミアで彫刻を学ぶことにし、寄宿舎に移った。
アカデミアといっても、現代の学校のような 教科書も時間割も存在しない。講師や先輩を見よう見まねで覚えて、彫刻の技術を習得していく。質問すれば講師や先輩は答えてくれるが、講師や先輩の方から教えてくれることは無い。
他の生徒たちは 同級生同士で相談したり、上級生に聞いたりしながら手を動かす中、テオはただ無言で彫り続けた。
テオの腕はメキメキと上達した。彼の才能は、周囲に嫉妬の炎を灯すこととなった。上級生の何人かは、時折、テオの道具を隠したり、石材を粗悪なものとすり替えたり、意地悪をした。
しかし、テオは、抗議もせず、ひとり黙って彫り続けた。
寄宿舎の2人部屋でも、テオの世界は変わらなかった。初めの頃、同室の少年は何度か話しかけたが、テオは無反応だ。やがて、沈黙だけが2人の間に流れるようになった。
そんなある夜――――テオは悪夢にうなされた。獣のようなうめき声と、苦しげな息遣い、苦悶でゆがんだ顔に冷汗が滲む。
同室の少年はビックリして飛び起き、気味が悪いと友人たちにふれ回った。
そんなことが何度も繰り返され・・・・
「夜な夜な何かに取り憑かれてるんじゃないか」「呪われてるらしい」と噂され、冷ややかな目で見られるようになった。
テオは寄宿舎の部屋を離れ、人気のない彫刻倉庫に布を敷き、ひとり眠るようになった。もうこれで、悪夢にうなされる無様な姿を人に見られることは無くなった。
こうして、テオは周りに変人扱いされ、完全に孤立した。が、テオは一向にかまわない。今は人物の彫像に没頭している。
講師はテオの作品に目を見張った。「・・・見事な腕前だ。大変、美しい。人間そっくりだ。」
「・・・だが、冷たい。君の作品には、温もりが一切ない。ただの石の人形だね。」