2.妹との別れ
孤児院には、同じように身寄りのない子どもたちがいた。中には意地悪な子や乱暴な子がいて、最初はすごく戸惑った。不安がる妹をテオは必死で守った。
新米のエレニ先生は、テオとリリアを気にかけ、いつも寄り添ってくれた。エレニ先生は、亡き母に少し似ていたこともあり、テオは少しづつ先生を慕うようになった。
2つ年上の少女、カタリナとも打ち解けた。快活で少しお転婆で、面倒見の良い彼女は、テオを弟のようにかわいがり、妹のリリアの面倒も見てくれた。リリアもカタリナを「お姉ちゃん」と呼び甘えるようになった。
半年ほどしたある日、子供のいない裕福な夫婦が孤児院を訪れた。夫婦は美少女のリリアをとても気に入り、養女として引き取ることになった。
馬車の中で、振り返って泣き叫ぶ妹の姿が、テオの目に焼き付いた。とうとう、周りに身内はいなくなってしまった。天涯孤独だ。テオは涙が止まらなかった。
そして、孤児院には、多額のお金や物資が寄付された。
喪失の連鎖で深い絶望の淵に突き落とされたテオを、エレニ先生とカタリナは必死で救おうとしてくれた。カタリナも以前、幼い弟妹が養子に引き取られ、ひとり残されたので、テオの気持ちは痛いほどわかる。
その後も孤児院では、新しく子供が連れてこられる一方、養子として引き取られる子、自立して巣立つ子など、子供たちの出入りは多かった。
テオは少しずつ、現実を受け入れた。
このころ、テオはときどき悪夢を見るようになっていた。悪夢で目覚め、怯えるテオを、エレニ先生とカタリナは親身になって寄り添ってくれた。
エレニ先生とカタリナの、絶え間ない優しさに触れるうちに、身内のように感じるまでになった。
数年後の冬、街に流行り病が蔓延し、孤児院でもおおぜいが感染した。エレニ先生は、自らも感染する中、懸命に子供たちの看病をした。テオも重症化したが、看病の甲斐があって何とか持ち直した。しかし、カタリナは助からなかった。姉のように慕っていたカタリナの死は、テオの心に重くのしかかった。
彼女の笑顔、明るい声、一緒に過ごした記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。なぜだ。なぜ、自分にとって大切な人ばかりが、次々と自分の前からいなくなってしまうのだ?!
テオは、深い喪失感と、拭いきれない絶望に包まれ、暗黒の闇にうずくまった。「ボクが大好きな人は皆、いなくなっちゃうんだ・・・」と震える声で呟く。エレニ先生はそっと寄り添い、抱きしめてくれた。
「大丈夫よ、テオ。先生はずっとあなたのそばで見守ってるわよ。あなたは一人じゃないわ」
先生だけは、自分の傍にいてくれる。その言葉は、心の暗闇にかすかな灯りをともした。
このころ、再び悪夢を見るようになったが、エレニ先生はいつもずっとそばにいてくれた。
しかし、再び運命は牙を剥く。
流行り病が落ち着き、街に再び活気が戻り始めた次の秋、エレニ先生の結婚が決まり、孤児院を退職することになった。生徒たちは、先生の新たな旅立ちを祝福した。
先生にとって幸せな選択だっただろう。しかし、テオにとっては耐え難い現実だった。まただ。また、自分が親しく思う人が、自分の前から去っていく!
「いつでも会いに来るわ。あなたは私の大切な子よ」と、エレニ先生は言ってくれた。だが、もうテオの耳には、その言葉は届かなかった。
テオは、心に固く誓った。もう二度と、誰かを愛することはない、と。最初から親しくなければ、別離に傷つくことは無いのだ。
こうして、テオの心は冷たい鋼のように硬く閉ざされた。悪夢は相変わらず彼を襲ったが、独りで耐えた。