20.新しい家庭の味
2人の生活がスタートした。
朝、焼き立てのパンと温かいスープで、一日が始まる。朝食の後、テオは壁面彫刻の仕事に出かける。長屋は大神殿に近いので、テオは昼ご飯を食べに家に帰ってくる。
アンナは、彼の帰宅時間に合わせて温かい昼食を用意して待っている。バランスの取れた温かい料理に舌鼓して、午後はまた仕事に戻る。
日暮れの前に帰路につく。家で待つアンナの存在が、テオの足取りを軽くする。
帰宅すると、今日のささやかな出来事や仕事の話など、会話しながら食事する。テーブルの上には、テオの好みに合わせた色鮮やかな料理が並んでいる。
孤児院でも、アカデミアの食堂でも、規則正しく配膳され、冷えてしまった食事を機械的に食べている感じだった。自分の好みの食事が、しかも温かいまま食べられるなんて、幼いころ以来だ。テオは、自分のために用意された食事が、毎日できることに感激する。アンナは、「そんなの当たり前よ」と、笑う。
このころ、テオはよくしゃべるようになっていた。食事のたびに、
「おいしい!アンナの手料理はほんとに全部おいしいよ。」と幸せそうに笑う。アンナの「新しい家庭の味」は、意外と早く見つかったようだ。
ある日、テオは何やら包みを抱えて帰ってきた。アンナに「開けてごらん」という。開けてみると、小型の竪琴リラが入っていた。
「家の中で弾くには、このサイズがいいと思ったんだ」
アンナは感激して、さっそく竪琴リラを弾いてみた。ハープとは違った音色だが、これもまたいい音色だ。弾き語りもできて楽しい。
「ありがとう、テオ!でも、どうして?今日は何かの記念日だったっけ?」
「そうじゃないよ。日ごろの感謝のしるしだよ」とテオは笑った。
自分についてきたせいで、ハープ奏者への道が途絶えることになったアンナを気遣ったのだった。
それから、毎日、アンナは竪琴リラを奏でた。弾きながら歌ったりもした。観客はテオひとりだが、アンナはリラ奏者になった。
テオの彫刻の技術はすぐに親方に認められ、仕事は順調だった。周りの職人たちも、テオの技術に舌を巻いた。アカデミアにいた頃は嫉妬されたが、ここでは職人仲間とうまくコミュニケーションをとっていた。
住み始めた最初の頃は、夜中にテオが悪夢にうなされることが多かった。そのたびに、アンナは驚いて目を覚まし、テオに寄り添っていた。が、だんだん新しい生活に慣れてくると、テオは悪夢を見ることが少なくなった。
一方、アンナも2人の生活に慣れ、長屋のコミュニティにもなじんでいった。ただ1つ、未だに慣れないのは、時折り見せるテオの神々しいほどに美しい笑顔。今でも、ドキッとしてしまう。
先日、休みの日にマリアとシンシアが遊びに来た。そのとき、ぽろっとその話をしたら、
「わぁ、スゴい おのろけ~!」
「はいはい、ごちそうさま~」
と、さんざん2人にからかわれてしまった。




