17.新天地
テオに手を引かれ、二人は新しい住まいへと向かった。
職人用の寮は、建設中の神殿の周囲に立ち並ぶ、たくさんの長屋だった。長屋には小さな木製の扉がいくつも並んでいる。この長屋の一番角の部屋が、テオたちの住まいだった。前の住人は昇級して別の社宅に引っ越したため、この部屋が空いたのだと、テオが説明してくれた。
新しい住まいの扉を開ける。中はとてもシンプルで、確かに狭かった。家具も最低限のものしかない。キッチンには竈と小さな棚があるだけだ。それでも、2人が暮らすには充分だ。
テオは窓の外に見える建設中の神殿を指さして、少し誇らしげに言った。
「あの神殿の壁面彫刻に携わることになったんだ。」
神殿は、沈みゆく夕陽に照らされ、黄金色に輝いていた。その美しい輝きは、2人の未来を表すかのようだった。
それからしばらくの間、2人は新しい生活を整えるのに忙しく過ごした。
まず、長屋の隣近所にあいさつをして廻った。テオは相変わらず口数は多くないが、アンナが隣で丁寧に笑顔で挨拶をする。子供のいるにぎやかな家庭、穏やかな夫婦だけの家庭、独り暮らし・・・と、いろいろだったが、皆、温かく迎えてくれた。
「あんたたちの部屋、出世部屋だよー!前の住人も、その前の住人も、みんな早く出世して引っ越していったよ!あんたたちも頑張りなさいね~!」と、近所の主婦が笑顔で教えてくれた。
彫刻職人たちの新しいコミュニティの一員となることに、アンナは小さな喜びを感じた。
部屋には、寝台や簡単な棚などの家具が少しはあったが、食器など生活に必要なものが圧倒的に足りていなかった。しかし、2人ともお金をあまり持っていないので、必要最低限な物だけを市場で買った。品を一つ一つ選ぶ作業は、ささやかだけれど、新生活が始まるという実感を伴って、ワクワクして楽しかった。
次に、アンナの両親に報告しようと、2人で郊外の村にある実家に行った。
アンナの両親は、娘の突然の訪問に驚き、すごく喜んでくれた。アカデミアが竜巻の被害にあったニュースは、田舎には届いていなかったので、アンナの受難話に両親はたいそうビックリした。
さらに、アンナがテオと暮らし始める話に、腰を抜かすほど驚いた。両親は、しばらく口をあんぐりさせていたが、二人の手を取り、祝福してくれた。
その時、アンナの胸元のペンダントが、両親の目に留まった。白い大理石の花のペンダント。テオが彫ったことを伝えると、その細工のすばらしさに、両親は目を見張った。
「これは、なんて素晴らしい細工なんだ!」
父親が感嘆の声を上げた。母親も目を凝らして見る。
「本当に繊細だわ・・・花びら一枚一枚が、本物みたい!」
職人としての腕が確かであると感じ、両親は安心したようだ。
末っ子のソフィアが寄って来て、「アンナ姉ちゃんが、かっこいいお兄ちゃんのお嫁さんになるんだあ~」と無邪気にはしゃいだ。「お嫁さん」という言葉に、アンナは顔を赤らめた。テオも はにかんだような顔をした。
アンナの母は、ご馳走をたくさん作ってふるまった。ソフィアはテオにじゃれついた。初めは少し戸惑っていたテオも、次第に表情を和らげ、優しく末っ子の相手をした。家族団らんの食事は、テオにとって幼いころ以来だ。テオは、この懐かしくも温かい時間に幸せを感じていた。
帰るとき、母は畑でとれた野菜や果物とともに、スパイスや調味料を小分けにして持たせてくれた。
「これから、『新しい家庭の味』を作っていきなさいね。」
母は笑顔で、2人を送り出す。これから作り上げる2人の歴史に幸あれと願いながら。
長屋の新居に帰り、もらったスパイス・調味料を竈のそばの棚に並べると、少しキッチンらしくなった。
アンナは、自分たちだけの「家庭の味」を作っていこう!と意気込んだ。




