16.一転
翌朝、アンナは、足のしびれはまだあったが、テオの肩を借りて、歩く練習を始めた。
彫刻倉庫を出てアカデミアの中庭に向かうと、まだ がれきが散乱している状態だった。竜巻の爪痕が生々しく残っている中、多くの学生たちが手分けして瓦礫を運び出し、片付けを進めていた。
その中に、マリアとシンシアがいた。2人は、アンナの姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。
「アンナ!無事だったのね!良かったー!」
「もう、どこにいるか分からなくて、すごく心配したんだから!」
2人は、アンナとの再会を飛び上がって喜んだ。
「あら、足が悪いの?大丈夫?」
テオの肩を借りて歩くアンナに気づいて、マリアが尋ねた。
「まだ、脚に痺れはあるけど、大丈夫よ。」
と、アンナは笑顔で答える。アンナの幸せそうな表情を見て、2人は冷やかした。
「そーよねぇ、誰かさんがいれば、そりゃぁ大丈夫よねー」
その後、マリアとシンシアからアカデミアの現状を聞いた。
女子の寄宿舎は危険なため立ち入り禁止となり、女学生は大ホールで寝泊まりしていること。女子棟も男子棟も授業は中断したままなので、自宅に帰った者もかなりいること。・・・など。
しかし、多くの怪我人は出たが、幸いなことに命を落とした者はいないようだった。「不幸中の幸いだね」とアンナ達は安堵した。
アンナの足は順調に回復し、一人で歩けるようになった。アンナはがれきの片づけを手伝った。
そこへ、マリアとシンシアが息を切らせてやってきた。
「アンナ、聞いて!私たち、刺繍工房への就職が決まったの!」
もともと、年明けに刺繍工房の新規オープンが予定されていたが、今回の竜巻被害を受けて、工房側は急遽、生徒たちの早期受け入れを決めたという。
「早速、来週からお仕事なの!」
「工房の寮でも、私たち一緒の部屋みたいなのよ!」
マリアとシンシアは、刺繍で自立できることに、目を輝かせていた。
「新しい工房って、どんなところだろうね!とっても楽しみ~」
「これから、2人で荷造りするんだ~」
アンナは、彼女たちが新しい職場で幸せを見つけることを心から願い、笑顔でエールを送った。
「頑張ってね!幸せになってね!ときどき、お手紙ちょうだいね!」
そのあと、アンナは中庭に行った。中庭の片隅に、ひずんだハープが残されていた。修理には時間がかかるため、そこに放置されていることが、何とも侘しい。試しに弦をはじいてみると、確かに音程が乱れてめちゃくちゃだった。いつもはポジティブなアンナも肩を落とした。中庭に響く痛々しい不協和音は、彼女の不安を表しているようだった。
アンナは彫刻倉庫にいるのが後ろめたかった。
女生徒たちは大ホールで雑魚寝している。マリアとシンシアのように、未来へ旅立つ者もいる・・・・・。復旧に向けてアカデミアは動き出した。自分も何かしたい、他の女生徒と一緒に行動したほうがいい・・・。そんな思いに駆られた。
アンナは意を決してテオにその思いを告げた。
「あのね、私、もう一人で歩けるようになったから・・・他の女子たちみたいに、大ホールで寝泊まりしようと思うの」
アンナの言葉を聞いた瞬間、テオの顔から、いつもの穏やかさが消え失せた。彼の瞳に、深い曇りがさす。そして、アンナが予想もしなかったほど強い口調で、詰め寄った。
「一緒にいてくれるハズじゃないのか…?」
アンナは、テオの剣幕に驚き、言葉に詰まった。
「い、一緒にいたいよ!もちろん!・・・でも、ここは倉庫だし・・・」
アンナは戸惑いながら言葉を絞り出した。テオと一緒にいたいという気持ちに嘘はない。しかし、ここは男子棟近くの倉庫だ。常識的に考えれば、大ホールに行くべきだ。アンナの心は揺れた。
しかし、テオにはアンナの葛藤は届かない。「一緒にいてくれる」というアンナの頷きを、絶対的な約束として捉えているようだった。
二人の意見は平行線をたどった。初めてのけんかだった。すれ違う言葉が、鋭い刃となって2人の間を切り裂く。
気まずい空気のまま、テオは何も言わずに出て行った。一人残されたアンナは、その場に立ち尽くした。いろんな思いが駆け巡るが、考えはまとまらない・・・。
テオが出て行ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。外では日が傾き始め、彫刻倉庫の中がオレンジ色に染まり始めた。アンナは、ただ途方に暮れていた。いよいよ、どうしよう・・・・。
そこに、テオが戻ってきた。
「彫刻職人として働くことが決まった!」
希望に輝く瞳で、言葉を続ける。
「街で一番大きい工房なんだ。職人用の寮もあって、そこに住めることになったよ!」
テオは一気に話し終えると、アンナに手を差し伸べた。
「ここを出よう!」
驚いて声も出ないアンナに、テオは続けた。「今から、その家を見に行かないか?」
あまりの急展開に、アンナは「うん」と頷くのが精いっぱいだった。




