15.悪夢
高熱は下がったものの、まだ熱があり、体が鉛のように重く感じる。眩暈もするので、アンナは横になっている。テオは、その傍でアンナに話しかけたり、水や果物や食事などを運んでくれたりした。
その日の夜。アンナは浅い眠りについていた。
突如、静寂を破って、苦痛に満ちた低い唸り声が倉庫中に響き、アンナは驚いて目を覚ました。それは、窓辺の床で寝袋に入って眠っているテオの声だった。彼は、悪夢にうなされていた。身体を硬くし、顔を苦痛に歪ませている。
エレニ先生が言っていたことを、アンナは思い出した。テオは、大切な人を失った後、悪夢を見るようになったと。
アンナがあれこれ思いを巡らしている間に、テオは静かになり、寝返りをうった。
朝、目覚めると、昨夜悪夢を見ていたのが嘘のように、テオは穏やかな顔をしている。今日も、水や果物や食事などを運んでくれ、気遣ってくれる。アンナは感謝を述べた。
「そんなに、毎回毎回、ありがとうって言わなくていいよ。それより、体調はどう?」とテオは言った。
熱も下がり、体のだるさもめまいも軽減した。まだ足の痺れは残ったままで歩けなかった。
日中、2人は、故郷のことやアカデミアのことなど、少しづつ自分のことを話したりした。テオは、ずっと穏やかな口調だったが、その壮絶な過去を聞いて、アンナは胸が痛かった。
その夜も、テオは悪夢を見てうなされ、そのうめき声にアンナは飛び起きた。
「テオ、大丈夫? 寝袋は寝心地が悪いんじゃないかしら・・・?それで、悪い夢を・・・」と声をかけたが、テオは寝袋は関係ないとそっぽを向いた。
以前、寄宿舎の同居人は、テオの唸り声をひどく不気味がって、テオを避けるようになった・・・。アンナも同じだろうか?
テオは不安になり、そっとアンナを見た。心配そうに見ているアンナと目が合った。
「テオ、大丈夫?顔色がよくないわ・・・」
「ああ、大丈夫。何でもないよ」
テオは少し安心し、穏やかな声で答えた。
日が昇り、昨日と同じように、おだやかに日中を過ごした。アンナは、足の痺れ以外はすっかり体調がよくなった。
その夜。
断末魔の叫びのような、苦悶に満ちた唸り声が突然響いた。アンナは飛び起き、石のベッドからずり落ちるようにして床に降り、痺れる足を引きずりながら、テオが寝ている窓辺へと必死に這って行った。
「テオ、大丈夫?」
テオは、上半身を起こし頭を抱えていた。肩が小刻みに震えているのがわかる。月明かりに照らされた彼の顔は青ざめ、冷汗が流れていた。
アンナは、テオの傍らに座り込み、そっと声をかけた。
「大丈夫?顔色がよくないよ・・・」
「・・・また悪夢を見た・・・・・・暗闇にたった1人・・・・閉じ込められ、奈落の底に突き落とされるんだ・・・・」
テオは、ゆっくりと頭を上げ、掠れた声でぽつりと呟いた。
アンナはそっとテオの手を取った。
「落ち着いて・・・・大丈夫よ。」
その声に、テオはアンナの目を見つめた。彼の瞳の奥には、まだ悪夢の恐怖が残っていた。アンナはテオの手を優しく包み、女神のように微笑んだ。
沈黙の後、テオは震える声でぽつりと言った。
「・・・・ずっと、一緒にいてくれないか?」
突然の言葉に、アンナは声も出ない。「うん」とうなずくのが精いっぱいだったが、言葉にできないほどうれしかった。アンナのその表情が、今までテオの心を支配していた孤独の暗闇を破壊した。
テオはアンナを抱きしめた。
窓の外では満月が神々しく静かに輝き、柔らかい光が彫刻倉庫の中に差し込んでいた。月に照らされたテオの顔は、安らぎに満ち、息を呑むほどに美しかった。




