13.誕生日
今日はテオの誕生日。
アンナは中庭を横切り、勇気を出して窓越しにテオに声をかける。しかし、テオが教室からなかなか出てきてくれない。
<どうしよう・・・・>
アンナは困ったが、心を奮い立たせて何度か声をかけた。すると、ようやくテオは重い腰を上げ、中庭の隅に出てきた。
アンナは胸の鼓動を抑えながら、手作りの革のポーチを差し出した。
「これ、どうぞ。・・・あの、ほんの気持ちなんですけど・・・・作ってみました。誕生日おめでとうございます!」
テオは、差し出されたポーチを見て、目を見開いた。そしてゆっくりとポーチを受け取った。
2人の間に静寂が流れる。アンナは、不安と期待で胸が張り裂けそうだ。
テオは、予期せぬ出来事に、動揺して体が固まって動けないでいた。幼いころ、母からプレゼントをもらった以来、自分の誕生日を祝ってもらったことがなかった。孤児院では、みんなまとめての誕生会だった。
この革のポーチは、アンナが自分だけのために、時間をかけて、心を込めて手作りしてくれた、世界に一つだけの贈り物・・・・。テオはただただ、感動していた。そして、アンナの目を見て言った。
「ありがとう」
いつもは冷たく無表情のテオだが、このときは温かく柔らかいまなざしだった。
この中庭の隅での光景を、マリアとシンシアは見ていたらしく、寄宿舎に戻るとアンナはまたしても二人の質問攻めにあった。
「見てたわよー、アンナ!」
「やったね、アンナ!」
「あの 氷のテオ様がほほ笑むなんて!アンナは奇跡を起こしたわ!」
二人は興奮冷めやらぬ様子で、矢継ぎ早に言葉を浴びせる。アンナは、テオの「ありがとう」の言葉がまだ耳に焼き付いているようで、顔が自然とほころんでくる。
「やだぁ、アンナ、顔がニヤついてるわよ~」
「妬けるぅ、ヒューヒュー」
アンナは、耳まで赤くなっていると自分でわかるくらい顔が熱かった。
数日後、今度はアンナの誕生日がやってきた。
朝、寄宿舎で マリアとシンシアが珍しいお菓子をプレゼントしてくれた。以前、市場で見かけて気になっていたお菓子だ。アンナは素直に喜んだ。
「マリア、シンシア、ありがとう!」
ひと口頬張ると、香ばしくいい香りが鼻に抜け、やさしい甘味とほんのりした酸味が溶け合い、さくさくした食感が絶妙だった。
アンナは幸せな気分で寄宿舎を出た。ひとり音楽過程の教室に向かう途中、テオが近づいてきた。
「これ・・・・・ 誕生日、おめでとう」
短い言葉と共に渡されたのは、花のペンダントだった。大理石のかけらを彫って、革ひもを通したものだ。花びら1枚1枚が繊細に彫ってあり、まるで本物の花がそのまま石に閉じ込められたかのようだ。
「わあ、ステキ!あ、ありがとう!すごく嬉しいです!」
アンナは舞い上がるほど嬉しかった。ペンダントを首にかけると、心地よい重みを感じた。
「・・・重くないかな?」
「ううん、全然!ほんとに、ありがとうございます!大切にします!」
アンナは満面の笑みで、何度もお礼を言った。
そして、ふと気づいた。
「あれ?私の誕生日、どうやって知ったんですか?」
テオがはにかんだ表情で、腰にさげた革のポーチを指さして言った。
「・・・これをもらった後、運営委員会の記録を見に行ったんだ。」
学院祭の運営に携わった生徒たちの名前や持ち場、作業内容などをまとめた報告書に、生年月日も書いてあったという。一日中、彫刻教室で黙々と石を彫っているイメージからは想像できない行動力に、アンナは新しい一面を知った気がした。また、たった数日で仕上げたとは思えない精密な細工に、あらためて感心した。
テオが「これ」と指さしたテオの腰には、アンナがプレゼントした革のポーチがあった。
「あ、それ、使ってくれてるんですね!」
「ちょうどいいサイズで、とっても使いやすいんだ。」
こんなに会話をしたのは初めてで、アンナは感激して心が躍った。
その夜、アンナのペンダントに気づいたマリアとシンシアが、またアンナを質問攻めにしたことは言うまでもない。
それ以来、アンナは、花のペンダントを肌身離さず身につけた。ペンダントが胸元で揺れるたびに、アンナの心は温かい光で満たされた。そして、男子棟と女子棟の間の中庭で、テオとアンナが会話する機会が少しずつ増えていった。
そのころ、彫刻過程の講師が最近のテオの作品を見て、うなった。
「君の彫刻作品は飛躍的に向上したね。まるで生きているようだ。」
以前の彫像は冷たい人形だったが、今は硬い大理石でできているとは思えないくらい柔らかな表情で、今にも動き出しそうなくらい生き生きとしている。
「君はもう、充分に職人として活躍できるレベルだ。近々、街の工房に君を推薦してあげよう」
その言葉にテオの瞳は輝いたが、他の生徒たちの瞳には嫉妬の炎が燃え広がった。




