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悪夢と女神  作者: 小鎌 弓


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11/22

11.秋の学院祭

 秋の学院祭当日。テクネーアカデミアが一般に門戸を開放する特別な日だ。

 大ホールは、さながら賑やかな市場と化していた。刺繍や織物の美しい小物、丈夫そうな革の靴、素朴な温かみのある陶器、キレイな模様の小ぶりな絨毯など、学生たちが丹精込めて作り上げた作品が所狭しと並べられている。どれも市場で買うよりも安価なので、多くの人が品定めをし、次々と買い求めていく。

 マリアとシンシアは、刺繍販売のブースで大忙しだった。「こちらは、リネンに花束を刺繍したポーチです」「この模様は、家族円満を表しています」と、それぞれの作品に込められた思いや技術を熱心に説明している。自分の作品が人々の手に取られ、次々と売れていくのを見て、二人の顔には満面の笑みが浮かんでいた。努力が報われる喜びが、全身から溢れている。会場には、マリアとシンシアの両親の姿もあった。娘たちの様子を見守り、誇らしげに目を細めている。


 小ホールでは、有志による演劇の後に音楽過程の演奏会が行われる。

 賑わう会場の片隅で、アンナは自分の出番を待っていた。心臓が喉から飛び出しそうなくらいに脈打っている。初めて、こんなに大勢の人前でハープを演奏するのだ。指先がかすかに震えるのを感じる。会場には、今日のために駆けつけてくれた両親の顔も見える。遠くからでも、彼らの優しい眼差しがアンナに力をくれた。

 有志たちの演劇が終わった。音楽過程の学生たちが楽器を手に登場し、ゆっくりと舞台中央へ進む。アンナはハープの前に座り、大きく深呼吸をする。

 リーダーの合図で演奏が始まった。アンナは、初めてハープを人前で演奏するので、前回以上に緊張して指が震えたが、一度メロディーが流れ始めると、不思議と緊張が和らぎ、目の前の楽譜とハープに集中できた。練習の甲斐あって、ソロもアンサンブルもいい演奏ができた。

 演奏が終わると、会場から温かい拍手が起こった。アンナはほっとして、深々と頭を下げる。両親の顔を見ると、二人が満面の笑みで拍手をしてくれているのが見えた。


 演奏会が終わり、両親がアンナのもとに駆け寄ってきた。

「素晴らしかったよ、アンナ!」父親が顔をほころばせる。

「アンナのソロは素敵だったわ」母親が優しい声で言う。アンナは褒められて照れくさかったが、心から嬉しかった。

 しばらく両親と学院祭の様子や日頃の学院生活について話したが、両親は仕事で忙しいらしく、すぐに帰らなければならないとのことだった。「また手紙を書くわね」と別れを告げ、二人の姿が見えなくなるまで手を振った。


 アンナは両親を見送った後、テオと一緒に、装飾が外れていないかチェックするため、会場を廻った。賑わう人々の間を縫うように歩き、少し緩んだ飾りや、傾いた展示物を手際よく直していく。相変わらず会話は少ないが、2人の間には信頼感のようなものが流れていた。


 ちょうど、人通りの少ない通路の角を曲がろうとしたときだった。後ろから声がした。

「テオ君?・・・テオ君でしょ?すいぶん大きくなったわねぇ!私のこと、覚えてるかしら?エレニよ!」

 テオの足がぴたりと止まる。彼は振り返らない。無表情だった彼の顔に、激しい動揺が見て取れた。

 優しそうな微笑みをたたえた女性が近づき、テオの顔を見た。

「やっぱり、テオ君だわ! 会いたかったわ! ・・・元気だった?」

 かつての孤児院の先生、エレニは、テオの成長した姿に目を細め、喜びと懐かしさを顔に浮かべていた。


エレニ先生は続けた。「テオ君が殻に閉じこもっていると、風の便りにきいたわ・・・それも、私のせいだって・・・。本当にごめんなさいね、テオ君。」

「・・・・・」

「先生が傍にいてあげられなくて、本当に悪かったわ・・・・ごめんなさいね。」

「・・・・・・・・」

「でも、ずっと気にかけていたのよ。それは本当よ。」

「・・・・・・・」

エレニ先生の声には、深い悲しみと、自責の念が滲んでいた。

「つい先日、テオ君がこのアカデミアにいると聞いて、今日、会いに来たの。とりあえず、元気そうでうれしいわ」

 慕情、懐かしさ、感謝、裏切り、失望。様々な感情が、テオの内面で激しく渦巻いていた。テオは口元を歪め、無言で立ち去って行った。


「・・・・あなたは・・・テオ君のお友達かしら?」

 エレニ先生は困り顔で、アンナに尋ねた。アンナが小さく頷くと、エレニ先生は、どこか寂しげな笑みを浮かべながら、ぽつりぽつりと、テオの生い立ちについて話し始めた。

 幼いころに母が亡くなり、幼い弟と別れ、父も亡くなったこと、妹と一緒に孤児院に連れてこられたが、間もなく妹は裕福な家庭に引き取られたこと、孤児院で姉のようにテオをかわいがってくれた女の子が流行り病で急死したこと、「大好きな人は皆いなくなる」と泣くテオをエレニ先生は慰めていたこと、テオは悪夢を見るようになったこと、エレニ先生の結婚が決まり、テオが完全に心を閉ざす中、後ろ髪をひかれる思いで孤児院を退職したこと・・・など。

「私ね、後悔してるの。あのとき、何かもっとできたはずだったって・・・」

 テオの「冷たさ」は、あまりにも多くの喪失を経験したがゆえの自分自身を守るための殻だったのだ。テオの心に宿る「闇」の一端を知り、アンナに「救ってあげたい」気持ちが芽生えた。


 秋の学院祭の締めくくりは、毎年恒例のダンスパーティだ。昼間の喧騒とは打って変わって、ホールは幻想的な光と音楽に満ちていた。軽快な調べに合わせて、学生たちが楽しげに踊っている。アンナもマリアやシンシアと笑いながら踊っていたが、その視線は、広場の片隅で一人、壁にもたれて立っているテオの姿を捉えていた。

 アンナは意を決して、テオのもとへ向かって歩き出した。

「テオ・・・あの、もしよかったら、一緒に踊っていただけませんか?」

 テオは無言だった。

 やはりダメか・・・・アンナの心に小さな痛みが走る。どうしようか迷い、その場に立ち尽くした。


 パーティも終盤に差し掛かり、次が最後の曲だとアナウンスがあった。

「・・・あの、もしよかったら、一緒に踊っていただけませんか?」

 もう一度、アンナが声を振り絞ると、テオの瞳がゆっくりアンナを捉え、彼の手が差し出された。

 アンナは、驚きと喜びで息を呑んだ。テオはアンナの小さな手を取ると、何も言わずホールの方へ歩き出した。最後の曲が流れる中、他のカップルに混じって、2人はぎこちなくダンスを始めた。


 2人が踊り始めるとホールの空気が一変したが、アンナは胸がいっぱいで気づかない。

「え…氷のテオ様が、女の子と踊ってる…?」

「信じられない・・・あの子は誰?!」

誰にも心を開かない「孤高の美少年」テオが、新入生と踊っている。小さな嵐のようなざわめきがホール中に広がっていった。

 アンナは顔を真っ赤にしてうつむき、テオの顔を見ることはできなかった。テオの大きな手は、少しだけひんやりとして、それでいて確かな温かさがあった。


 短くも長く感じられた最後の曲が終わった。テオは、アンナの手を静かに離し、軽く頭を下げた。それだけだった。まだアンナの心臓は、激しく鼓動していた。


 ダンスパーティが終わり、興奮冷めやらぬまま寄宿舎の部屋に戻ると、待っていたのはマリアとシンシアからの質問攻めだった。

「アンナ~~~!見たわよー!」

「いつから付き合ってたの?!なんで教えてくれなかったの~?!」

 2人は目を輝かせ、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。まるで事件現場の取材記者のようだ。アンナは、少しだけ照れながら答える。

「ううん、付き合ってないの。」

「じゃあ、なんで踊ってたの!?」

「踊ってって誘っただけなの。そしたら、最後の曲の時、踊ってくれたの。」

「へぇ・・・ アンナから誘ったの!?すごい!」

「それで、そのあとはどうなったの?!」

「特に何もないわよ。ひと言も話してないの。ホントに踊っただけ。」

2人は期待外れの答えに、「えー!」「うそー!」と騒がしい。

「でもさぁ、氷のテオ様がアンナと踊るなんて、みんなビックリしてたよ!」

「そうそう!みんな、大騒ぎだったよ!」

「もう、付き合っちゃいなよー!」

マリアとシンシアの興奮は収まらない。アンナの頬は熱くなる一方だった。

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