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悪夢と女神  作者: 小鎌 弓


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10/22

10.再び運営委員

 テクネーアカデミアでは、秋にも学院祭がある。秋の学院祭では、日頃の成果を発表する展示や、生徒たちの作品販売以外にも、有志による演劇や舞踊の披露など、多岐にわたる催しが開かれる。


 アンナが所属する音楽過程は、学院祭で演奏会を行うが、今回は新入生も楽器を演奏する。初めて人前でハープ演奏するので、アンナは練習に力が入った。教室の中は、楽器ごとに分かれてそれぞれ練習していて、ややぎこちないメロディーが教室のあちこちから流れてくる。時々、楽器の音色が女生徒たちの笑い声に変わる。


 刺繍過程のマリアとシンシアは、可愛らしい小物作りに精を出していた。指先を休めることなく、色彩豊かな刺繍糸を巧みに操っている。途中で刺繍過程に移ったマリアも、周りに引けを取らないくらい、上達していた。

 針が布をすくう静かな音が教室に満ち、時おり生徒たちが談笑する声で教室の空気が華やぐ。


 正規の授業が終わると、校舎の片隅では演劇好きなグループが、熱のこもった稽古をしていた。中庭では、歌と舞踊のグループが、陽気な音楽に合わせて踊っている。演劇の小道具を作っている集団もいる。あちこちから響く様々な音と話し声が混ざり合い、アカデミアは日が暮れて星が瞬き始めるまで、心地よい騒々しさに包まれていた。


 そんなある日、運営委員を選出することになった。運営委員は、祭りを円滑に進めるための裏方仕事だ。誰もが準備や練習に忙しく、進んで手を挙げる者はいない。

 音楽過程では、くじ引きで運営委員を決めることになった。くじ引きの結果、またもやアンナが委員になってしまった。春の学院祭のときは欠席裁判で委員にされたが、今回は「くじ」なので文句の言いようがない。 


 寄宿舎に帰って、マリアとシンシアに「くじ引き」で当たってしまったと話すと、2人は笑った。

「アンナって、くじ運が悪いのねー」

「きっと、祭りの神様は、アンナに裏方仕事を頼みたいのよ」


 数日後、運営委員会の顔合わせのため、指定された教室へ向かったアンナは、そこで息を呑んだ。テオがいたのだ。

 彫刻過程で孤立しているテオは、皆に指名されてしまうらしい。彼の孤高は、都合の良い標的になるのだ。

 運営委員長がアンナとテオを見て言った。

「前回の学院祭でも、一緒に仕事したんだろ?それなら要領は判ってるだろうし、今回も二人で頼むぞ。」

 まるで既定路線のように、あっさりとペアにされてしまった。

 前回はくじ引きの結果でペアとなったが、今回は委員長に勝手にペアにされてしまった。アンナは、うれしいような困ったような複雑な気持ちだった。


 寄宿舎に帰って、マリアとシンシアに テオとペアになったと話すと、2人は大笑いした。

「ぷっ!・・・アンナ、やっぱり持ってるわねー!」

「もう、これは運命じゃない?!神様はアンナに試練とご褒美を同時に与えたのよ!」


 今回の運営委員の仕事は、メイン会場の装飾だった。倉庫にある装飾品を各所に取り付けるのだ。少し足りないので新たな装飾品を作るよう、委員長に言われた。アンナはテオと二人で装飾品作り始めた。前回同様、アンナは喋るが、テオは黙って淡々と作業していった。


 アカデミア中が高揚感を帯びてきたある日、刺繍過程に、講師から大きなニュースがもたらされた。

「年が明けたら、新たに刺繍工房がオープンします。今回、良い作品を作った者はその工房への就職が内定するので、頑張るように!」

 学生たちからいっせいに歓声が上がった。マリアとシンシアは、夏の市場で聞いた話は本当だったんだと、顔を見合わせた。

 刺繍過程の生徒たちは前よりいっそう真剣に刺繍に取り組んでいった。


 マリアとシンシアは、寄宿舎に戻ってからも夜遅くまで刺繍の作業を続けるようになった。刺繍工房への就職をつかみ取ろうと、2人とも一針一針に心を込める。絹糸が布の上を滑り、色鮮やかで繊細な模様が少しずつ広がっていった。アンナは、二人の真剣な横顔を見守りながら、自分も頑張らなければ、と静かに心に誓うのだった。


 アンナ自身の日常も、学院祭に向けて拍車がかかっていた。昼間は音楽課程でハープの練習に没頭する。指先はなめらかに弦を弾くようになったが、まだ音色に深みが足りない。短いがソロのパートもあるので、満足いく演奏になるよう、積極的に講師の指導を仰ぎ。練習に集中した。

そして夕方以降は、テオと学院祭のメイン会場の装飾を作る。


 工作室にある材料を使って、アンナとテオは装飾品を作っていく。相変わらず、喋っているのはアンナひとりだ。それでも、最近は2人の息が合うようになり、早いペースで装飾品が出来上るようになった。

「あ・・・」

 そんな時、テオが刃物で指先を切って思わず声をあげた。

 アンナはテオの指先から血がしたたり落ちるのをみて、急いで近くにあった布で指を縛った。

「とりあえず、こうして止血しましょ。」

「・・・・これくらい、大丈夫だ・・・・」

珍しくテオが口をきいた。その短い言葉の中にも、以前より少し柔らかい響きがあるように アンナは感じた。テオは初めて、アンナの目を見て言った。

「・・・ありがとう」

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