#03‐02 初めてのおつかい
※ここは、世界征服を”業務”として行う会社の物語です。
初めての方は、入社手続き(#00)からどうぞ!
チンピラ風の男の背中を小突きながら夕暮れのオリエンタルな街並みを行く異様な三人。
仲良くお使いという雰囲気では、決してない。
「この暗号の座標。
ここですね。
喜楽精肉店。」
古めかしい木製の看板には、手書きの達筆で
「喜楽精肉店」
と掲げていた。
入り口には、プレートが斜めに張られている。
「clause」
「やすみってなってるぜぇ?ドア壊す?」
「やめなさい。」
山田はため息をひとつつきながら、ドア脇の壁に目をやる。
そこには、時代遅れのボタン式キーパッドが埋め込まれていた。
わずかに埃を被っているが、しっかりメンテナンスされている形跡がある。
「これですね。暗号の意味……この数字。
試しててみましょう」
チンピラ風の男がビクリと肩を震わせる。
「お、おい……マジで行くのかよ? あそこ、入ったら——」
「ええ、ご一緒にいきましょう。」
山田は淡々と返しながら、紙の番号を確認し、キーパッドに打ち込んでいく。
「5109」
——カチッ
内部で何かが作動する音がして、扉のロックが外れる。
同時に、重たい金属のスライド音が続き、ドアがゆっくりと開いた。
「さぁ、“地獄”の入り口が開きました。ノース、先にどうぞ」
ノースがニヤリと笑い、ナイフに手をかけながら中へ踏み込む。
山田は後ろから、チンピラの背中を押しつつ、ゆっくりと続いた。
三人の影が、静かに“精肉店”の闇へと吸い込まれていった。
店の中は、一面を冷蔵庫が囲んでいた。
無機質なステンレスの壁、きっちり積まれた業務用ケース。
温度表示パネルには、冷蔵保存用の数字が淡々と点滅している。
壁際には《食品管理局 認可済》のプレートが掲げられ、
それらは、あくまで“合法の食肉取扱倉庫”という顔をしていた。
……表向きは。
「完全に作ってますね。正面から踏み込まれても、ただの冷蔵倉庫で通せる」
山田が周囲を見渡しながら、低く呟いた。
「まぁたバッチリ偽装してんなァ……こういうのだけは感心するぜ」
ノースは、棚のラベルを覗き込みながら苦笑する。
床はピカピカに磨かれているが、漂うのは奇妙な薬品の匂い。
肉の香りにしては、何かが足りない。
それが逆に不気味さを引き立てていた。
そんな中、ひときわ冷気の強い一角に、小さな投入口が設けられていた。
「……あそこです」
震える声で、チンピラ男が山田の肩を突つく。
山田は頷き、あらかじめ折られた暗号の紙片を取り出す。
投入口に差し込むと、「カタン」という乾いた音と共に、紙が吸い込まれていった。
しばらくの静寂ののち、備え付けのインターホンが機械音性で答える。
「……パス確認。人数は?」
「三人です。ひとりは案内役。もう一人荷物持ちです。」
「問題ない。……奥へどうぞ」
カチッと音がして、隣の重い扉のロックが解除された。
ノースがナイフに軽く手を添えながら笑う。
「さぁて。やっと本番ってか?」
「騒がず、慎重に。」
山田は淡々と告げ、男の背中を軽く押して前に進ませた。
冷気と鉄のにおいに包まれた“倉庫”の奥。
何もない、がらんとした空間。
中央にポツンと置かれた古びた作業机。
その上には、白い発泡スチロール容器がひとつだけ。
中には、アイスパックがぎっしり収められておりよく見れば奥に赤いものがみえた。
「なんかなんも匂いしねぇんだけど・・・」
ノースがちらりと山田を見る。
「やべぇって…聞いてた話と違うって・・・。」
案内役の男が、警戒心を隠しきれない声で言う。
その額には、いつの間にか冷や汗が滲んでいた。
男は、さっと発泡スチロール容器を手にもつ。
——ピッ。
その時、山田が静かに目を細めた。
「……ノース、今容器の底を見ましたか?」
「ん?……なんか……ピカッて——」
カチッ
次の瞬間、天井のランプが明滅し、室内が赤い光に染まる。
ブオォオオオン……!
扉のロックが作動音を立てて閉まり、鉄の扉が重くスライドして完全に閉ざされた。
「 ロックされた!?」
山田は即座に背中を壁につけ、銃を構える。
ノースも即座にナイフを抜き、男を背後に引きずり寄せて床に叩き伏せた。
「なんだよコレ、やっぱ罠じゃねぇか……!!」
ジジ……ッ、ガガッ……
天井のスピーカーから、機械音声のような無機質な声が流れる。
『不正確認。侵入者発見。……対応ユニット起動。』
ギイイイィ……
部屋の奥、冷蔵庫の扉のような箇所が数か所、軋んだ音と共にゆっくりと開きはじめる。
中から姿を現したのは、武装した複数の男たち。
軽装の防弾ジャケットにナイフ・拳銃を構え、手の甲にブローカーの印である赤い刺青がある。
「来やがったな……クソ共が」
ノースが口角を上げて、マチェーテ代わりのナイフを構える。
「山田ァ、もう暴れていいかぁ?」
山田はレンズ越しに敵を数えながら、小さくため息をついた。
「仕方ありませんね……派手に、いきましょうか」
——血と鉄の臭いが、ゆっくりと広がっていく。
冷たい鉄の床を、ブーツが鳴らす。
冷蔵倉庫の中——機械の唸りと、足音。
先に飛び出したのは、ノース。
「っしゃああ!!」
叫びながら、一直線に敵陣へ突っ込む。
派手なブランドロゴのスウェットが冷気の中を翻り、ギラついたナイフが鈍く光る。
一人目の用心棒が拳銃を構えた瞬間——
「おせぇよ」
ノースの蹴りが銃ごと顔面を吹き飛ばす。
返す刃で、別の男の首元を斬り裂き、鮮血が冷たい床に飛び散った。
「ヒャッハァア!!」
笑い声を上げながら、まさに野獣のような動きで敵を翻弄していく。
一方の山田は、冷静に動いていた。
壁際に移動しながら、本日のお供 H&K USPを素早く構える。
パッ、と引き金が引かれた瞬間、一人の敵が膝から崩れ落ちる。
狙撃、正確無比。
さらにそのまま、もう一人の動きに合わせて撃つ。
「っ……!!こっちのやつ、やべえぞ!!」
ブローカー用心棒の一人が叫ぶが、それを遮るように、
「ええ、やばいですよ?……その命、使い捨てるなら。」
乾いた声と共に、USPが火を噴いた。
ノースは床を滑り、鉄パイプを蹴り飛ばして即席の盾に使うと、
ナイフで喉元を裂き、ガシャンと冷蔵棚に頭を叩きつける。
「うっし、あと何人だー?山田ァ!」
「二人、右奥。フリーザーの影」
「オッケェ!」
ノースが勢いよく飛び出し——その影から敵が銃を構えた。
だが、
——パンッ!!
撃たれるより早く、山田の銃声が轟く。
敵の額を正確に撃ち抜き、倒れる。
「ひゅぅ~……ナイスタイミング。惚れちゃうわぁ」
「黙ってください、バカ犬!」
冷気の中、すべてが静まり返った。
床には、血と鉄と肉の匂いだけが残る。
「……片付きましたね。ブローカーの“倉庫”……制圧完了」
山田が銃を下ろす。
ノースは、べったりと血に染まった手をその辺に転がってる人間の服で拭いながら笑った。
「は〜〜〜〜スッキリした〜〜〜〜〜!!んじゃ、次は“本丸”だよな?」
山田は軽く頷き、冷えた空気を一度だけ吸って言った。
「喜楽精肉店——予想通り、“入り口”に過ぎませんでしたね」
山田は部屋の隅をひととおり確認し、縮こまっていたチンピラ男を回収する。
少し擦り傷ができていたが、問題なさそうだと腕を引っ張って立たせた。
そのまま、机の上の発泡スチロール容器をもう一度手に取る。
裏返すと、底にまた数字が書かれていた。
「S08-5」
次の目的地らしい。
山田は同じ要領で地図を確認する。
「つかさ、お前……マジでなんも知らねぇまんまでお使い来てたのかよ?」
ノースがにやにやと笑いながら肩を揺する。
「えっ……そ、そんなはず……。
『取ってこい』って言われただけで……!」
「無銭で? はーん、あっ、もしかして——」
ノースの笑みがより獰猛に歪む。
「お前も“食材”ってことじゃね? ほら、食材自ら、調理場に来ちゃった感じ?」
「っ……!」
チンピラ男の顔が一気に蒼白になる。
「冗談は、さておき。さっさと次に行きましょう。」
山田は、胸ポケットからスキットルをだしてその辺に無造作に巻き
無言のまま、倒れていた死体のシャツの裾を少し引きずって、謎の液体で湿らせた床に触れさせる。
そのまま立ち上がりながら一言。
「……燃えるかどうかは、試してみないと分かりませんが」
ノースがニヤリと笑って、ポケットからライターを取り出す。
「おーけー!実験ターイム!」
——チッ。
青い炎がゆっくりとシャツを這い、床を伝って広がっていく。
その中に、ほんのりと——けれど確かに漂う、ラベンダーの香り。
「……アロマのつもりかよ」
ノースが鼻をひくつかせて笑う。
「せめて、匂いだけでも快適に」
ラベンダーの香りに混じった青い炎を背に、静かに言い放った。
「……では、次の“厨房”へ行きましょう」
ノースは、背中の煙すら気にせず歩き出す。
マップを確認しながらたどり着いたのは、打ち捨てられた解体工場だった。
壊れかけの車や、修理途中とも廃車ともつかないトラックが雑然と並んでいる。
明らかに“目くらまし”だ。
工場の大きな鉄扉は、人一人通れるほどの隙間を残して半開きになっていた。
その隙間に向かって、ノースがのんきな声を上げる。
「ちわ~! お届けものでぇ~す!」
……返事はない。
風の音だけが、がらんとした工場の中をすり抜けていく
「……無人、ですか?」
山田が声を潜めて呟く。
「いや……絶対なんかいる。なぁ山田、ちょっと臭くねぇか?」
「……臭いってあなた、匂いフェチでしたっけ?」
「違ぇよ!“血と鉄”と、それから“内臓”の匂い。ここ、下にあるぞ」
ノースがクンッと鼻を鳴らし、ズカズカと奥へ歩くと、コツンと何かを蹴った。
「ん、これだこれ。……ハッチ?」
床の鉄板を蹴り上げると、そこにはうっすら開いた地下への扉。
「……見つけましたね。“厨房”は地下にあったようです」
「へっへ、やっぱ俺様って野生のカン最強だわ~。」
「……野犬め」
地下空間は異様だった。
高い天井には、幾本もの太い冷却パイプが走っており、
その隙間からは白い霧のような冷気が漂っている。
天井に這う配線は乱雑で、一部は剥き出し。
だが、全体は明らかに“計画された設備”だ。
「腐らせたくないなら……冷気は合理的、ってか」
山田がぼそっと呟く。
そのとき、パイプの間から現れた数人の男たちが彼らを見つけた。
いずれも防寒仕様の分厚いオペ着にゴーグル、マスク姿。
「……なんだ、君たちは」
「お届けでぇ~す!」
ニッと笑いながら、ノースがチンピラを前に突き出した。
その奥——
簡易式の無菌処理室が仄暗く光っていた。
ビニールカーテンで区切られた中には、バイタルモニターと人工呼吸器。
ベッドには昏睡状態の人間が“保管”されている。
壁には、注文票と書かれたクリップボードが複数並び、
「AB型・健康・男性・30代」
「A型・女性・10代・臓器良好」
といった生々しい情報が赤字で記されていた。
山田の眼鏡が静かに光る。
ノースがチンピラの背中をぐいっと押し出して、台の方へ引きずっていく。
「はぁい、生きたままお届けぇ~!」
おっさんの一人がそれを受け止めながら無造作に言った。
「そこに寝かせてくれ。すぐ調理に入る。
……ちょうど綺麗な肺が欲しかったんだが、こいつはタバコ吸うのか?」
ノースは肩をすくめながらへらっと笑う。
「さぁ?知らねぇ~。見りゃわかんじゃね?お前、医者だろ?」
ノースの軽口に、場の空気が凍る。
白衣の男がピクリと眉を動かした。
「……なんで俺たちが医者“じゃない”って知ってる?」
山田が目を細める。
視線は男たちの手元、腰、足元へと素早く走った。
「“医者なら見りゃわかる”んじゃないですか?非喫煙者かどうかは」
その一言が、引き金になった。
バァン——ッ!!
鋭い銃声が空間を裂く。
即座に、ノースが目の前の“調理台”を蹴り飛ばす。
「ごめんな兄ちゃん、ちょい借りるぜぇ~!」
すぐにその身体を片手で引っつかみ、横にいたオペ着のおっさんに向けて——
「おりゃあッ!」
勢いよく投げつけた。
「うおっ!?」
投げられた兄ちゃんは空中で手足をばたつかせながら、おっさんに直撃。
その体の脇から、ノースが投げたナイフがスッと抜けて、
「ぎゃあああああああっ!!」
おっさんの腹に見事に刺さる。
「おぉ~ナイス軌道!……じっとしてたら刺さらねぇよ、兄ちゃん!」
にやりと笑ったノースが、投げた勢いのまま飛び込んで蹴り上げると、
今度はその“兄ちゃん”がバウンドして地面に転がる。
「ひぃ〜〜っ!!」
転がった兄ちゃんは、半泣きで四つん這いになって山田の方へ必死に逃げてくる。
山田は冷静に視線だけで確認し、後ろ手で彼を庇うようにさっと動いた。
「……無理に使わなくてもいいとは思いますがね。彼、あくまで“荷物持ち”ですので」
山田のその綺麗な指先を見ながら、チンピラ男は一瞬、安心してしまった。
冷たいはずのその指に、どこか“人間”を感じたのかもしれない。
——しかし。
次の瞬間、頭上すれすれを銃弾がかすめ、現実が引き戻される。
「ノース!」
山田が短く名を呼ぶと、ノースはすぐさま距離を詰めて戻ってきた。
「はいはい、ただいま~っと」
その声と同時に、山田は手にしていたUSPをチンピラ男に差し出した。
「持っててください。少し煙くなりますから」
「え、えっ!?えっ、これマジで!?」
言葉が出る前に、山田の指先はすでにポケットへ。
取り出したのは、超小型の筒、スモークグレネード。
ノースが「あー、それ出すってことは」と言いかけて、すぐに顔を腕で覆う。
「っなにすんっ……」
チンピラ男が言いかけた、その刹那——
カラン、コロン。
転がる音。そして——
ぼふん。
柔らかく破裂する音とともに、白煙が視界を埋め尽くした。
ノースはそのまま、笑いながら霧の中へ突っ込んでいった。
数秒遅れて、山田も静かにその煙の中へと姿を消す。
しばし、視界のない空間からは
「ドッ」
「ガッ」
「ぐっ……」
——そんな、鈍く低い音だけが断続的に響いていた。
そしてすぐに、音も、動きも、すべてが止まる。
スモークは徐々に薄れ、空間が再び光を取り戻していくと——
そこには、静かに首の角度を“不自然な方向”へ捻る山田と、
返り血に濡れたナイフを握ったまま、片足で倒れた男を踏みつけているノースの姿があった。
どちらも、一言も発しないまま。
ただ、完全に“片付いた”という空気だけが、重くその場に残っていた。
「マジで…なんなんだよぉ…。」
チンピラは、半泣きになりながらも必死で預かった銃を握りしめていた。
震えが銃に伝わってがちがちと鳴いている。
「さて、少し家探しさせて頂きましょうか。」
山田は、服の埃を払いながらあたりを見渡し手袋をはめる。
”調理器具”や”食材の情報”などの資料を手に取り軽く目を通して淡々と続ける。
「さすがにこの規模なら。どこかに”裏”も”金”もあるはずです。」
「さっきからなんなんだよ…マジでぇ…お前らだれなんだよ?!」
ノースは、足元に倒れている防寒服の男の袖でナイフをぬぐいながら、朗らかに言う。
「あぁ?俺らお掃除屋さんだよぉ~」
山田は無言で金庫の前に立ち、慎重にダイヤルを操作していく。
——カチッ。
音を立てて開いた金庫の中には……
「……空……?」
「はぁ?んだぁよ、金ねぇじゃ~ん!」
ノースが中を覗き込みながら、がっくりと肩を落とす。
「まぁ……あれだけやらせておいて“お小遣い”なしとは。
ひどい話ですね。」
山田は、軽く溜息をつきながら金庫の奥をもう一度確認する。
そこには紙一枚も残されていなかったが——
「……これは?」
山田の指先が、金庫の底に張り付くようにして置かれていた小さな金属端末を拾い上げる。
一見、ただの古い携帯機器のように見えるが、裏側に書かれたシンボルは明らかに“普通”ではなかった。
「チャイニーズマフィアの中枢と繋がっている、専用の通信端末……でしょうね」
「うぇ~い。大当たりじゃん?お宝発見~」
ノースは、気楽に笑いながら壁にもたれかかる。
チンピラ男はというと、未だに山田の近くでへたり込んだまま、銃を手に持ってガタガタ震えている。
「……とりあえず、今日のところはここまでですね。帰りましょう。疲れましたし」
「賛成~。
あー腹減ったぁさっきのかわいいねぇちゃんのとこで飯食ってかえろぉぜ~!!」
山田はスッと眼鏡を直して歩き出す。
背後ではノースが、ナイフを腰に収めながら口笛を吹いていた。
チンピラ男も、ほぼ無意識に彼らのあとをついて歩き出す。
こうして、 “喜楽精肉店”から始まった小さな潜入作戦は、
思いがけず、大きな組織の核心に触れる“収穫”を手に入れて——
静かに幕を下ろした。