#03 焼き加減は、お好みで
※ここは、世界征服を”業務”として行う会社の物語です。
初めての方は、入社手続き(#00)からどうぞ!
まるで異国のポケットが街の中に埋め込まれたような——そんな場所。
漢字だらけの看板に、赤提灯、香辛料の混じった空気。
飛び交う言語も、リズムも、どこか”よそ”とはズレている。
ここは、移民たちが築き上げたもうひとつの“街”。
昼は観光地としてにぎわい、夜は別の顔を見せる場所。
警察もヒーローも、介入しづらい。
この一角には、チャイニーズマフィアの加護という、見えない盾がある。
狭い通りに並ぶ屋台には、甘い匂いのする饅頭や串焼き、蒸し立ての点心。
観光客たちは皆、わかりやすいほど明るい顔をしていた。
カメラを構える者、食べ歩きを楽しむカップル、SNS用に写真を撮る若者たち——
彼らの中に、裏の顔を知る者はいない。
だが、
その“華やかさ”の裏にあるものに気づける者は、そう多くはない。
【リトル上海:日中の雑踏】
喧騒の中、串焼きの香りと甘ったるいフルーツティーの香りが混ざり合い、
リトル上海の屋台通りは観光客で溢れていた。
写真を撮るカップル、チープな雑貨を品定めする親子連れ。
明るい声が飛び交い、赤と金の装飾が眩しい。
その中を、明らかに異質なふたりが歩いていた。
山田はストライプのラフなスーツにノータイ、だが足元は細身のミリタリーブーツ。
さりげなく動きやすさと戦闘性を残している。
黒髪をきっちりと撫でつけ、眼鏡越しの鋭い視線で屋台の並びを観察していた。
その隣を歩くのは、枯葉色の髪に派手なロゴ入りスウェット、金のネックレスをジャラつかせたノース。
白人寄りの肌にギラついた笑みを貼りつけ、腰にはゴツめのナイフ。
「ハロ~姉ちゃん、可愛いねぇ~」
ノースが屋台の店員に声をかける。
明らかに観光客狙いの、片言の英語で対応する女性がぎこちなく笑った。
「おい、やめてください。……調査中ですよ」
「いやぁ?オフっつったじゃん今日は。俺様なりの調査だってぇ」
「……調査じゃなくてナンパですよそれは」
山田のこめかみがピクリと跳ねる。
そんなやりとりを交わしつつ、ふたりは並ぶ屋台を何気なく観察していた。
小籠包、肉まん、串焼き、かき氷。
賑やかさと裏腹に、一軒だけ妙に古びた中華屋台が目に入る。
山田の視線が、その屋根の角に取り付けられた小さなカメラで止まった。
「……あんな場所にカメラ?」
観光客向けの屋台にしては不自然だ。
ちょうどそのとき、若い男が屋台に近づき、低い声でこう言ったのが聞こえた。
「……ノーラベルで」
山田は眉をひそめた。
その言葉に、店主は何も言わずに肉まんを渡し、釣り銭も受け取らずに無言で視線を逸らす。
「今の……」
「山田、どしたー? あ、あの肉まんうまそう。俺様も食ってみてぇ」
「やめてください。今の注文…違和感を感じます。」
山田がそう言って視線を戻したときには、すでにその客の姿は通りから消えていた。
「……尾行します。ノース、ナイフの位置、確認してください」
「おう、腰にバッチリ。んで?ド突いていいやつ?」
「必要になれば、です」
彼らは人混みの中、静かに尾行を開始する。
観光地の賑わいの中にひっそりと潜む、異質な取引。
これはただの屋台街ではない。
——リトル上海の裏の顔だった。
観光客のざわめきから少し外れた裏通り。
リトル上海の賑わいが嘘のように静まり返るその一角に、
獲物を追う2人の男の足音だけが響いていた。
男は一人。
例の中華屋台で「ノーラベル」と注文した、若いチンピラ風の客。
「ノース、追ってください」
「へいへーい。やっと運動タイムかぁ?」
ニヤついたノースがすっと路地の影に潜り込む。
しばらくして、
裏路地に響く乾いた音と、ひときわ高い悲鳴。
「ぐっ……が、っ!いてっ……!」
路地裏の壁に叩きつけられたのは、先ほど屋台で「ノーラベル」と注文していた男。
まだ若く、チンピラ風。
だがその手には、確かに先ほどの包みがあった。
「なぁ~に買ったんだよ。肉まんにしちゃぁ、”重く”ねぇ?」
ノースが笑いながら男の足を踏みつける。
派手なブランドロゴのスウェットに身を包み、腰のナイフをチラつかせながら仁王立ち。
完全にまともじゃない。
山田はその横で静かに肉まんの袋を開き、中にある紙切れを確認していた。
紙には、下記のような数字とアルファベットが手書きされていた。
0324 1757 5109
S07-11
「な、なんなんだよお前ら……誰なんだ……!」
男がうめき声を上げる。
その言葉に、山田はちらと視線を向けると、表情一つ変えずに告げた。
「誰とでもどうぞ。知っても意味のないことです。」
男が顔を引きつらせた。
「兄ちゃんマジ運悪ぃなぁ?」
ノースが背中をぐりぐり押しながらにやりと笑う。
野獣のような目つきで。
「これは、暗号ですか?」
山田の声は静かだが、明らかな威圧感を帯びていた。
男は震えながら答える。
「……し、指定された時間の暗号らしい。
おれも解き方は、しらねぇ!」
「なるほど。」
山田は眼鏡をクイッと押し上げスマホを操作する。
「これは、中華系の旧式商人暗号にみえますね…。
座標…精肉店でしょうか?
ノース、少し優しくしてください。彼にはご一緒してもらいます。」
「へーい、心得てまっせぇ。俺様、接待は得意だぜぇ?なぁ、お兄ちゃん」
男の肩に手を回し、親しげな笑顔でぐいっと引き寄せるノース。
「や、やめてくれって……!」
「ダメだってぇ、俺らもう仲間だろぉ?なぁ?今から“一緒にお買い物に行く”んだよ」
男の顔は青ざめていたが、逃げ場がないことを悟っていた。
山田は一歩だけ先を歩きながら、スマホで地図を確認して言う。
「……案内をお願いします。“あなたの知ってる地獄”の入り口まで」
夕暮れの差し込まない裏路地を、三人の影が消えていく。