#03-03 地獄の報告書とバカ犬
夕焼けの街の片隠れ。
古びた小さな公園に、ささやかな人工滝がひっそりと水を落としていた。 観光地でもなければ、目立つこともない
——まさに“隠れた入口”そのものだ。
そこへ、ミントグリーンのクロスカントリー車——通称「ヘレン」が滑り込むように停車した。
運転席の若手社員は、目の下にクマを漏らせ、振るえる手でハンドルを持っていた。
「だ、だだ大丈夫ですかねコレ…滝、突っ込んでいいんですか……?」
「大丈夫です。センサー登録されてるから開きます。」
後部座席でノースに膝まくらしたままの山田が静かに告げる。
ほぼ寝転ぶような形でノースは、ニヤニヤと窓の外を見ていた。
「へへっ、この角度……よしっ! いっけぇヘレン!!」
部下が半泣きでアクセルを踏む。
滝へ向かって加速するジムニー。
ズブンッ!!!
——水しぶきがあがるはずもなく、滝の水流が一瞬で左右に割れ、車体がスルリとそのまま食べられる。
『ピッ…確認完了。ナンバー登録車両、通行許可。
おかえりなさい 株式会社 悪の組織 本部へ。』
システム音声が響き、滝の裏には広大な地下通路が現れる。
「うへー、やっぱ気持ちいいなコレ。俺様ん家って感じぃ〜!」
「いい加減重いからどけ!」
山田がノースの顔を胳でグリグリと押す。
ヘレンは自動誘導路に乗り、滑るように本部内部を進んでいく。
左右には無機質なセメント壁、時抑「防衛装置点検中」や「社員用通路につき立入禁止」のカンバンが見える。
内部の灯りが等間隔に点燈し、まるで「おかえりなさい」と言われているようだ。
やがて、車は広いロータリーで止まった。
「はい、地下3階、社員専用ロビーです……お、お疲れ様でした…っ!」
部下が声を振るわせながら降車する。
先に降りた山田は、手慣れた動きでスーツの乱れを直し、ライフルケースを背負い直す。
「ノース、日報は絶対に書かせますからね」
「え~俺様腹減ったし~! なんか食ってから遊びてぇ~!」
「お前が書かないと、俺がまた代筆する罰目になるんだよこのバカ犬が!!」
「おいおいそんな怒んなって。俺様、愛されてるぅ?」
「地獄に落ちろ」
【地下1階 総務部オフィス前】
ガチャッ。
「よぉ~、報告書出しに来てやったぜぇ、総務くん!」
ノースがドヤ顔で差し出した数枚の紙は、ところどころコーラで濡れたような跡があり、乾きかけた部分には妙にべたついた感触が残っていた。
しかも文字は、手書きでところどころスペルも間違って、筆圧もバラバラ。
中には記号のようなものまで書かれている項目すらある。
「え〜……ノースさん、これは……ちょっと受け取れないですねぇ」
総務担当は、湿っていない紙の端を慎重につまみ、眉一つ動かさずにやんわりと首を振った。
「いけるって、読めるだろ? ちゃんと書いたぞ。コーラ味だけどな!」
「すいませんすいませんすいません!!」
山田が全力で三連謝罪しながら報告書をひったくり、音もなくその場を立ち去った。