#01ー02 逃走中、肉弾戦あり
砂煙が視界を遮る中、金塊入りのダッフルバッグ、札束の詰まったリュックを担いだ黒い戦闘服の集団が銀行から飛び出してくる。
黒塗りのSUVに次々と飛び乗り、エンジンを唸らせて逃走ルートへと滑り込む。街の雑踏が悲鳴に変わり、シグナル無視の車列がビル街を縫っていった。
そして――部隊の離脱を見計らったように、ミントグリーンのクロスカントリー車が路地からスピンを効かせて飛び出す。
ギュルルルッ──!!
砂煙を撒き散らしながら横滑りし、ジムニーが山田の前に停車。
そのパステル調で可愛らしいフォルムに、山田のこめかみがピクリと跳ねた。
「……!? なんですかこの車は!!」
「すっ、すいません……ノースさんがこれにしろって……」
バツの悪そうな若い部下の声に、山田は叫んだ。
「くっそバカ犬がァ!!」
ドアが蹴り開けられ、屋根の上に仁王立ちするノースがマチェーテをぶら下げてにやつく。
「っるせーな、かわいいじゃんこの車。ヘレンって言うんだぜ?」
ノースの合図と共にジムニーは猛スピードで飛び出し、街を駆ける。
山田は半身を窓から出して、すぐさま上空の索敵へ切り替える。ライフルのスコープ越しに、ドローンらしき影を確認すると、
「ノース!! やりすぎるな!!追跡が来るぞ!!」
と天井に向かって怒鳴った。
「へーへー、わかってらぁ。つっても派手な方が楽しいだろ?」
狂犬は、にたりと笑う。
急にヘレンが方向転換して車体が大きく揺れる。ノースはバランスを崩し片膝を天井に着いてしまった。目の前に人影が立っているのだ。
「悪党に告ぐ!!君たちの行い、全部ブーメランだ!」
丸々とした体形の海パン姿の男が、道の真ん中で仁王立ちしていた。
「ヒーローコード1129、正規ヒーロー・ブーメラン!!」
全身の脂肪が絶妙に波打ち、山田はスコープ越しに微かに眉をひそめた。
「くっ…なんてふざけたコードなんですか」
「はっはっはっ、なんだあいつ!服着忘れてるぜ!!」
ノースが屋根の上で爆笑する。
「のんのんのん、この肉体こそスーツ!!」
その瞬間、上空から新たな声が飛び込んできた。
「悪事はここまでだッ!!」
ホバリングドローンの上に立ち、ギアまみれの小柄な男が飛び出す。
「ヒーローコード1082!俺の名はエディット!この日のために作った“ギアバスターMk.Ⅱ”、くらえぇえええ!!」
腕からスパークを発し、小型ドローンを発射。
「……ん?」
ノースはドローンをマチェーテで真っ二つにした。
「うわああああ!!今朝完成したばっかなんですけどぉおおお!!」
膝をついて絶叫するエディットをよそに、ノースがにやりと笑う。
「もうちょっと遊ぼぉぜぇ」
ノースが勝手に車から飛び降りる気配に、山田のこめかみがまたピクリと動いた。
「バカ犬が。また勝手に!!」
勢いよく駆け出し、マチェーテで鋭い弧を描き、ブーメランの腹へ一撃。
バイィイィイイン!!
鈍い音とともに、ぶよんと腹に食い込み、そのまま反発するように跳ね返された。
「あ”?」
ノースが軽くバックステップで距離を取る。
「安心してください!筋肉です!!」
(脂肪だろ!!)
山田は、ぐぅっとその言葉を飲み込んだ。ブーメランは、にっこり笑ったままポーズを決めている。
「……なら、これでどうだよォ!!」
ギィンッ!!
再びマチェーテが弧を描いた。さっきの倍、いや三倍近い速度と重量。
「ぶっ壊せば結果オーライだろぉがあああ!!」
バシュッ!
マチェーテが風を裂き、ブーメランの巨体が吹き飛ぶ。
砂煙が舞い、辺りが静まり返る。
「安心し……ぶべっ!」
その場に崩れ落ちるブーメラン。
「な、なんだとぉ……っ!」
草陰に隠れていたエディットが、ドローン越しにそれを見て絶望の声を漏らした。
ノースはマチェーテをクルッと回して背中に戻すと、血の気のない笑顔で呟いた。
「もうちょっと遊べっかなぁって思ってたけどよォ……ま、今日はこんぐらいでいっかー」
ひょいっとジムニーのドアを開けて、砂ぼこりまみれで後部座席にドカッと座り込む。
その前に、振り返って一言。
「また遊ぼーなぁ~、肉団子のおっさーん!」
砂煙の向こうで崩れ落ちたブーメランが、白目をむきながらピクリとも動かない。
ドンッと響いた音に、運転席の部下が小さく「ひっ」と肩を震わせた。
「ったく、お前……報告書何枚書かせるつもりですか……」
山田は、同じく後部座席に腰掛けながらライフルのマガジンを外してケースに収め、ため息をひとつ。
ノースはすぐ隣で、にやにや笑いながら体を傾けてくる。
「へへっ、帰ったらさぁ~。ちょっと遊ぼうぜぇ~? まだちょっと体温まってっからよォ~」
「お断りします」
「ぶぅ~、つれねーなぁ。俺様、まだ満足出来ねぇよ」
「……うるさいバカ犬、黙ってください。帰投ルート最短で」
「りょっ、了解であります……!」
ジムニー「ヘレン」は、夕日の中を爆音とともに駆け抜けていった――。