シリウス・ルクセルジオール
シリウス様がいらっしゃるのは、内廷と王宮を繋ぐ中天宮である。
皇家の方々がそれぞれお住まいになっている王宮のある大きな箱庭のような場所から、文官や騎士の方々が働いているガルディアス王宮に向かって歩いていくと、その境目に立派な宮殿がある。
これが中天宮と言われていて、外からの物の受け渡しや、内廷のことを取り仕切るお仕事と、国のお仕事両方をされている宮内卿であるシリウス様のお仕事の場所として使用されている。
内廷の侍女は中天宮に自由に出入りできる。
どうやらここで、ガルディアス王宮で働く騎士の方や文官の方々との出会いがあるらしい。
確かに、内廷には女性しかいないけれど、中天宮には多くの男性がシリウス様の執務室まで繋がる通路を行き来していた。
男性たちの視線が、ちらちらと私にそそがれている気がする。
私のお仕着せを見れば一目でレイシールド様の侍女だと分かるので、気になるのかもしれない。
「シリウス様、失礼します」
私は遠慮がちにシリウス様の執務室の扉を叩いて、ご挨拶をした。
返事がない。
数回それを繰り返したけれど、返事がない。
私はしばらくお返事を待ちながら、周りの様子を眺めた。
黒い長羽織を羽織った文官の方々が忙しなく働いている。広い廊下を沢山の書簡を持って行き交う文官の方々に混じり、お話をしている内廷の侍女服を着た女性や騎士の方の姿もある。
まだお昼の休憩時間には、早いけれど。
――私も、よい出会いがあるかしら。
できれば湯水のようにお金を持っている、とてもとてもお金持ちの方に見染められたい。
年齢は問わない。容姿も問わない。女好きとか、浮気性とか、そういうのも大丈夫。お金さえあればいい。
シリウス様のお部屋の前でシリウス様に呼びかけながら、そんなことを考えていた。
いっこうに返事がない。もしやシリウス様はご不在なのかと思い、それならレイシールド様に命じられた書簡をシリウス様の執務机の上に置いておこうと、扉を開いた。
扉に鍵はかかっていない。
勝手に入るのは失礼だけれど、書簡を届けるのは命令だから。やらないわけにはいかないものね。
薄く扉を開いてこそっと中に忍び込むように、体を滑り込ませる。
正面の執務机に座っているシリウス様が、お化けでも見たような顔をしてびくりと体を震わせた。
「……なんだ、ティディスか。驚いた。部屋に入る時は、声をかけなければいけない。以後気をつけるように」
「私、声をかけました。シリウス様、いらっしゃらないのかと」
「声が小さい」
「気をつけます……」
扉も叩いたのだけれど、聞こえなかったみたいだ。
今度はもっと大きな音を立てて扉を叩こう。あまり大きな声を出すのも失礼かしらと思ったのだけれど。
「シリウス様、レイシールド様からのお預かりものです」
軽く注意されたけれど、シリウス様はそんなに怒っている様子もなかった。
お部屋には色々な人が訪れるのだろうから、慣れているのかもしれない。
シリウス様は長く艶やかな黒髪を一つにまとめた金の瞳の美丈夫で、どことなく女性的な美しさを持っている方である。
二十六歳独身。と、昨日、マリエルさんが教えてくれた。
そこが一番重要、みたいな言い方で。
私の声が届かないとよくないので、私はちょこちょことシリウス様のもとへ駆け寄ると、両手に持っていた書簡を差し出した。
「あぁ、書簡を届けに来てくれたのか、ティディス。ありがとう」
シリウス様は優しく微笑んだ。
「先ほど陛下に会ったが、君のことを褒めていたよ」
「私を……?」
「頑張っているようだね、ティディス」
レイシールド様は一体なんと言っていたのだろう。
褒められるようなことは何一つしていないのだけれど。
でも、なんだかわからないけれど、少し嬉しい。
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