午前中のお洗濯
レイシールド様を送り出した私は、いそいそとお着替えなどなどの乗ったカートを回収するためと、お部屋を整えるために、寝室に向かった。
大きなベッドのシーツを剥ぎ取って、新しいものにとりかえる。
高級なベッドはふかふかで、一瞬寝そべってみたいとうずうずしたけれど、我慢した。
誰にも見られていないからといって、そんなことはしてはいけない。
レイシールド様の朝のお支度が無事に終わったけれど、お仕事が終わったわけじゃない。
カートの上の物品を洗ったり片付けたりしたあとに、お洗濯をするために黎明宮の裏庭に向かう。
裏庭には、洗濯用の水場がある。
街の水源は井戸が主流だけれど、お城の水は呪符師の方々が管理している水魔方陣から湧き出ている。
ガルディアス王国には、法力と言われる不思議な力を持っている方々がいらっしゃる。
呪符師とはそういった法力を呪符に込めて生活に役立てている方々のことだ。
呪符師の方々がつくりあげた水呪符を地面に置くと、水魔方陣が現れる。
水魔方陣からはいつでも清廉な水が湧き出ている。飲み水にも使用できるし、お料理にも使うことができる。
といっても、呪符師の方々の呪符は庶民ではとても手がでないほどに高級である。
街の人々の暮らしにはほぼ普及していない。
貴族ともなるとお抱えの呪符師を家に置いていたりするのだけれど、我が家には当然そんな方がいるわけもなく。
井戸から水をくみ上げるのも毎日の日課だった。
それなのに、黎明宮では井戸から水くみをしなくていいのだ。
「なんて楽なのかしら……!」
私はお洗濯の大きな洗い桶に、噴水のようになっている水魔方陣の水汲み場からお水を汲んでくると、洗い桶に入れて、レイシールド様のお召し物と洗濯粉を入れた。
水魔方陣の水汲み場からは水が溢れ続けているので、溢れた水は川となって内廷の広大な敷地を流れている。
川にはお魚がいる。
見たところ、オナガキンギョと、黄金ナマズ、フリル鯉。残念だけれど、観賞用だ。食べるには観賞用魚として高級すぎる。
食べられるお魚をつい探してしまう。癖である。
「ふふ……お洗濯、楽しい」
一人になると、朝からの緊張が体から抜けていった。
レイシールド様は思ったよりも優しい方だったけれど、慣れない環境や初めて会う方々に、どうしても緊張してしまう。
高級なお洋服を傷つけないように丁寧に洗いながら、私はほっとして口元に笑みを浮かべる。
石鹸の香りは好きだ。
泡立ったシャボンがふわりとシャボン玉になって浮かんで、ぱちんと弾けるのも好き。
なによりも一人きりで仕事ができるのが、いい。
レイシールド様とお話しする時は緊張したけれど、それ以外はこの広い黎明宮に一人きり。
お洗濯やお掃除など、必要なお仕事をして、お昼は少し休憩をして、シーツを取り替えるなどのお仕事をして、レイシールド様のお休みまでのお世話をしたら、一日が終わる。
洗い終えたお洋服をぎゅっと絞って、服の皺を伸ばしながら、裏庭にはりめぐらせている洗濯用の紐へとかけていく。ぱんぱんと皺を伸ばす。
レイシールド様は大きいので、お洋服も大きい。
今日は天気が良い。
お日様がきらきら輝いていて、風もある。お洋服は綺麗に乾いてくれそうだ。
寝衣は毎日洗う。シャツも洗う。下着も洗う。上着は余程のことがなければ洗わない。
シーツは毎日洗う。テーブルクロスも毎日洗う。
洗い物について頭の中で反芻しながらシーツを広げて干している私の耳に、明るい声が響いた。
「ティディス! 大丈夫だった!? ひどいことをされたりしなかったかしら!?」
声の大きい女性が、私に向かって駆けよってくる。
そのままその女性は私の目の前で転んで、思い切り私に覆い被さるようにして倒れた。
「わぷ……っ」
「きゃあああごめんなさい! ティディス、大丈夫!? 勢い余って転んでしまったわ!」
「大丈夫です……」
草むらに尻餅をついた私の上で、悲鳴を上げる女性は、マリエルさん。
私と同じ侍女で、レイシールド様の弟君であるシュミット第二王子殿下の住まう白夜宮で働いている方だ。
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