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すごく悪役っぽいレイシールド様



 ほとんどの貴族たちは動くことをしなかった。

 けれど一握りの方々が悲鳴をあげながら逃げようとするのを、入り口でリュコスちゃんが防いだ。


「キュオオオン」と、遠吠えをあげるリュコスちゃんが体当たりをしただけで、どさどさと客人の方々が倒れる。

 シュゼットちゃんが倒れた人々の上に飛んでいって翼を広げると、限界まで遊び疲れた幼子が唐突に眠るようにして、皆折り重なるようにして床に倒れた。


「逃げるぞ、お前たち!」


 黒服の方々が武器を抜きながら怒鳴る。

 逃げられないと悟ったように、叫び声をあげながらレイシールド様に切り掛かってきた方々の剣を軽々と受け止めて、レイシールド様は片手をまっすぐに前に突き出した。


「喰らえ、双頭の蛇炎」


 言葉と共に、炎の蛇がレイシールド様の手のひらの前に現れた輝く狼のような紋様から噴出した。

 蛇は広間の空中を泳ぎ、逃げようとしているものも、向かってくる男たちも全て喰らい尽くした。

 どさどさと、服を焦がした男たちが一気に倒れる。それはもう、山のように。


「雑魚は雑魚らしく、無様に這いつくばっているといい」


 地に倒れた男たちの前に立って、レイシールド様が、すごく、なんていうか、悪い顔で悪役みたいなことをおっしゃった。

 一瞬聞き間違いかと思ったのだけれど、レイシールド様の様子に喉の奥で悲鳴をあげながら仮面に隠れた顔を多分青くしている方々の様子を見るにつけ、聞き間違いじゃないみたいだ。


「皇家の定めた法に従えぬというのなら、今ここで俺が罰してやろう」


 黒服の男たちを全て食い尽くして服を半ばこげこげに焼いてぺっと吐き出した炎の蛇が消えていく。

 レイシールド様はとてもとても怖い顔で、剣を床に這いつくばっている男たちに向けて振り上げる。


「一息に首を落とすか。それとも、手足を一本ずつ落とすか。選ばせてやろう」


「ひい……っ」


 オークションで声を張り上げていた仮面をつけた男から悲鳴が上がる。


「レイシールド様……!」


 とても残酷なことを仰っているけれど、多分、そんなことはしないと思う。

 レイシールド様は優しい方だもの。でも、もしかしたら。

 それが冷血で冷酷な恐ろしい皇帝と言われているレイシールド様のあるべき姿なのだとしたら──。


「陛下! 遅れました! 皆、一人残らず捕縛しろ!」


 私がレイシールド様に駆け寄る前に、入り口から沢山の立派な身なりをした騎士たちが現れる。

 先陣を切って中に入ってきたクラウヴィオ様が、私に駆け寄ってくる。


「ティディちゃん! 無事だった?」


「はい。私は、大丈夫です」


「もう終わってるんだね。さすがは陛下。俺って必要ない? っていつも思うよ。ともかく、ティディちゃんが無事でよかった」


 クラウヴィオ様は私の肩を軽く叩くと、床に倒れて眠っている方々を数人一度に軽々と肩に抱え上げる。

 騎士団の方々が、オークション会場に集まった人々を縄で捕縛して、外に連れていく。

 私はあっという間に制圧されてしまったオークション会場をしばらくぼんやり眺めて、それからふと我に返って慌ててレイシールド様に駆け寄った。


「レイシールド様……!」


 レイシールド様は焼けこげにした男たちにも、捕縛されていくおそらくは貴族たちにも興味を失ったように、ティグルちゃんたちの檻の前にいる。


「ティディス。……怖かっただろう」


「大丈夫です。私、結構強いのだと最近気づきました。リュコスちゃんやティグルちゃんに追いかけられる以上に怖いことなんて、ないですから」


「そうか」


『それはそうじゃ。我が一番強いのじゃ』

 

 リュコスちゃんが、ティグルちゃんの檻をかりかり引っかきながら言った。

 レイシールド様が檻に軽く触れるだけで、はらりと魔封じの呪符が剥がれていく。

 それから檻の鍵を氷漬けにして、砕いた。

 開かれた檻からティグルちゃんとシスちゃんが飛び出してきて、私に一斉に向かってくる。


「ティグルちゃん、シスちゃん……よかった、無事で。ひどいことをされなかった? 大丈夫? オリーブちゃんたちを守ってくれてありがとう」


 大きな二匹に抱きつかれると、私は倒れそうになってしまう。

 ふらついた私を、レイシールド様が背後から支えてくださる。


「ティディス。よく頑張ってくれた。ありがとう」


 優しくて、力強い声だ。

 レイシールド様は私の腰に遠慮がちに手を回した。

 私がその手にそっと触れると、力強く抱きしめてくださった。




お読みくださりありがとうございました!

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