救出作戦
馬車から降りた男の一人が岩肌の前で両手を広げると、岩肌にぽっかりとあいた大きな虚のような入り口が現れる。
警備と思しき男たちが入り口を固めて、檻が中に運ばれていく。
レイシールド様は私を軽々と抱き上げると、音を立てずその場を離れた。
声が届かない距離に離れた後、木の陰に身を潜めるようにして私を降ろす。
リュコスちゃんの力で私たちの姿は見えなくなっているけれど、木の陰に隠れている方が安心感がある。
『父上、どうして止めたのじゃ』
リュコスちゃんが足元の土をがりがりと掘りながら不機嫌そうに言った。
シュゼットちゃんはリュコスちゃんの上で大きな目をぎょろぎょろさせている。シュゼットちゃんも怒っているみたいだ。
「シャハルから、伝書鳥で連絡が来た。マグノア商会の者たちは、クラウヴィオたちが捕らえた。オークションに関わる連中を捕らえ、アーシャル侯爵の罪を詳らかにするために、騎士団の半数はこちらに向かっている」
「オークションには、貴族の方々もお客さんとして来ているようですけれど、全員捕縛を?」
「あぁ。禁止されていると知りながらそれを購入することは罪だ。中には、胴元がアーシャル侯爵だと知っている者もいるだろう」
「私のお父様は……?」
「伯爵も罪を犯した。だが――それは過去の話だ。それに、重要な情報の提供者であり、協力者である君の父。だから、捕縛はしない。……本当は今すぐティグルたちを助けてやりたいが、オークションの開始まで待って欲しい。必ず助ける」
「はい。分かりました。……私は、レイシールド様を信じています」
やがて日が落ちると、洞窟の前に炎が灯った。
ゆらめく炎に赤く顔を照らされて、貴族たちを乗せた馬車が到着する。
ぞくぞくと、中から仮面で口元以外の顔が分からなくなっている人々が降りてくる。
お忍び用の衣服を着ているようだが、皆、庶民ではないことがわかる。立派な身なりをしていた。
私たちは、中に進む人々に紛れてオークション会場に忍び込んだ。
洞窟の中は、ごつごつした岩肌に囲まれた空間なのかと思っていたけれど、つるりと磨かれた岩壁に沢山のランプの明りが灯っている広く清潔で明るい場所だった。
立派な椅子が何脚も並んでいて、仮面をつけた人々がずらりと座っている。
私たちは、壁に体を張り付けるようにしてその場に待機した。
全ての客人の案内を終えたのだろう。並んだ椅子の正面にあるステージに、ひときわ派手な仮面をつけた黒服の男が現れる。
「ようこそ、お集りくださいました。皇国中の神秘が集まるオークション会場へ。紳士淑女の皆様、今宵も全ての欲を満たしていってください」
ねっとりと、鼓膜を舐めるような密やかな、けれどよくとおる声が響く。
男の前に数人の男たちが、商品を持ってくる。
血のように輝く宝石(赤眼猫の目玉)
食べると寿命がのびるという魚の肉(人魚の肉)
煎じて飲めばすべての病が治るという角(金色大鹿の角)
様々な魔生物の一部が、次々と高値をつけられて、客人たちに買われていく。
そして――ティグルちゃんとシスちゃんの入った檻が、ステージに並べられた。
「なんとこちら! 今回の目玉品! 水色大虎と、天馬です! 水色大虎は凶暴ですから、こんなに綺麗な状態で捕獲できた例は今まで一度もありません! そして天馬! 臆病な天馬の羽を落とさず捕縛できるなど、数十年に一度の奇跡! さぁ、皆さまよくご覧ください!」
仮面の男が言うと、客人たちが競って高値を付け始める。
どんどん跳ね上がる値段が、会場を沸かせた。
ティグルちゃんが何度も檻にぶつかっている。シスちゃんが、檻の隅で小さくなって震えている。
魔封じの呪符のせいで力を弱められているのか、ティグルちゃんがいくらぶつかっても、檻はびくともしないようだった。
水色大虎は、体に青い炎を纏い、炎を吐くことができる。
ティグルちゃんは私の家ではそれをしなかったけれど――全てを焼き尽くす炎であればきっと、檻を焼き切ることもできるはずなのに。
シスちゃんは空を飛ぶ以外のことはできない。天馬は戦う力がない。その代わりとても聡明で、いい子だ。
シスちゃんだけじゃない。みんな、いい子だ。
それなのに――お父様が購入してきたときも、このように、いや、もっとひどい状態で売られていたのだろう。
私はお父様を責められない。
もし私が客人としてここに参加していたら、どんなにお金がなくても、借金をしてでも皆を買おうとしたと思う。
そうでなければ、先に売られていた魔生物の体の一部のように、皆解体されてしまうだろうから。
「七百万ギルス! 他には? あぁ、ミスター! 一千万ギルス! 素晴らしい!」
男の言葉が会場を盛り上げる。
レイシールド様が姿勢を低くして、私の耳元で囁いた。
「――もうすぐ、騎士団が到着する。ティディス。入り口から逃げようとするものだけを、シュゼットの力で眠らせて欲しい。できるか?」
「わかりました」
「リュコス、ティディスを任せた」
『下僕を守るのは主の務めじゃ』
リュコスちゃんが得意気につんと、鼻をあげた。
私はレイシールド様の手を、ぎゅっと握りしめる。
「気を付けてください、レイシールド様。怪我は、嫌です」
「あぁ。……ありがとう」
レイシールド様は私の手を引くと、繋いだ手の甲に唇を落とす。
皮膚にあたる柔らかい感触に、私は目を見開いた。
こんな時なのに、かっと体温が上昇して、頬が染まった。
レイシールド様が剣を抜いたのを合図にするように、リュコスちゃんの透明化が解かれる。
私の姿も――今は見えている。
私はティグルちゃんとシスちゃんに聞こえるように、声を張り上げた。
「ティグルちゃん、シスちゃん、助けに来たわ!」
「……グル……!」
『てぃでぃすさま……!』
ティグルちゃんの鋭い瞳が私をうつした。
シスちゃんの声が頭に響く。シスちゃんは、リュコスちゃん程ではないけれどお話しすることができる。
「レイシールド・ガルディアスの名の元に、我が国の法を犯す者どもを捕縛する。俺に逆らう気のない者は動くな。動く者は切り捨てる!」
ステージに向かい抜き身の剣を向けて足を進めながら、レイシールド様が堂々と、高らかに名乗りを上げた。
仮面の客人から悲鳴が沸き上がり、広間は先程とはちがう不安に満ちた喧騒でつつまれる。
ステージの上の男が「どういうことだ! 皇帝がここにいるわけがない、偽物だろう!」と、焦りと驚愕が入り混じった大きな声をあげた。
長くなってきてしまいました、あと少しで終わると思います。
お付き合いくださりありがとうございます!




