オークション会場へ
背の高い針葉樹が何本もはえている深い森である。
人の手が入っている森はもう少し明るい。光を入れるためと、材木を集めるために木を切るからだ。
木々の隙間から溢れる光は、どことなく他人行儀で冷たい。
肌寒いわけではないのに冷ややかな寒さを感じるもので、木々の葉が風に揺れるたびに薄暗い森にちらちらと光の粒子が舞った。
リュコスちゃんに透明化の力を使ってもらって、昨日のうちに森の奥にある闇オークション会場を確認した。
昨日は、森の中は静かなもので、誰かが訪れる気配はなかった。
様子を伺いながら森からほど近いシファルの街で数泊している間に、高貴な身なりの人々が多く泊まっているようだと宿の方や、食堂の方が教えてくれた。
レイシールド様のこともその中の一人だと思ったらしい。
「なんにもない街なのに、不思議だね。時々、妙に身分が高そうな方々が泊まりにきているようだよ。今日も朝から、結構な数の馬車が来ているね」
「そうですか? 気づきませんでした」
「あんたは普通の娘に見えるけど、連れは違うだろ? なんとなくわかるよ。見ていればね。あんたたちはずいぶん長く滞在しているけれど、こんな街に新婚旅行かい? 物好きだね。それとも訳あり……のようには見えないね。真面目そうだからねぇ」
宿の女将さんは気さくな人で、滞在が長くなると宿を出入りするたびに声をかけてくれるようになった。
私は隣にいるレイシールド様を見上げて、それから違うと否定しようとした。
「あぁ。新婚旅行だ。普段、周囲に人が多いものだから、たまには静かな場所で滞在したいと思ってな。森のそばの小さな街なら、知り合いにも会わないだろうと思ったのだが」
「普段は静かな街なんだけどね。たまに、あるんだよ。こういう、ざわついた日が。なんだろうねぇ、貴族の秘密集会でもあるのかね。密談でもしているのかと、街の連中は話しているよ」
「密談?」
「あぁ。噂だけどね。皇帝陛下に反旗を翻したい貴族様たちが集まっているんじゃないか、とか。私にはわからないけれどね。皇帝陛下は恐ろしい人だというが、フレズレンからこの国を守ってくれたんだから、感謝してるよ」
「そうですよね……! とても立派な方だと私も思います!」
女将さんがレイシールド様を褒めてくれたのが嬉しくて、私も思わず大きな声で頷いた。
「なんだ、あんた? 皇帝のことがそんなに好きなのかい?」
「はい。……尊敬しています」
「ふぅん。珍しい子だね。皆は、戦争が好きなおそろしい軍人だと言っているけどね。まぁ、会ったこともない人の噂をしても仕方ないさ。しばらく街は騒がしいと思うが、新婚旅行ならゆっくり過ごすといいよ」
──そんな話を聞いた。
オークションが開かれるのはもうすぐだろう。
だから私とレイシールド様、リュコスちゃんとシュゼットちゃんは、森の中で待機しているというわけである。
ちなみにこれで、二日目。
昨日は森は静かなもので、特に何も起こらなかった。
木々に囲まれた見通しの悪い森の奥へと続く道を歩いていくと、分かれ道がある。
いくつかの分かれ道を進んだ先が行き止まりになっていて、行き止まりの先に岩山が聳えている。
ただの岩壁にしか見えないけれど、どうやらそこがオークション会場の入り口らしい。
昨日は何もなかったその場所が、今は騒がしい。
少し離れた位置に隠れて、声を出さないようにしながら、私たちはリュコスちゃんの透明化で身を隠して様子を伺っていた。
日が落ちる前に準備をしているのだろう。馬車が何台かとまっている。
馬車の中から降りてきた黒服の者たちが、魔封じの呪符がたくさん貼られた檻を馬車から降ろしている。
檻の中には、白く美しい翼のはえた馬である、天馬のシスちゃんの姿があった。
繊細で優しいシスちゃんは、ひどく怯えているように羽を折りたたんで小さくなっている。
昔も、一度、捕まって売られそうになったのだ。きっと、思い出しているだろう。
いますぐ駆け寄りたい衝動にかられる。
一歩足を踏み出しそうになった私の腕を、レイシールド様が掴んだ。
シスちゃんの後に、ティグルちゃんの入れられた檻も降ろされる。
ティグルちゃんは、毛を逆立てて、歯を剥き出しにして、男たちを睨みつけている。
昔のティグルちゃんに戻ったみたいだった。
最近はずっと、穏やかな表情をしていたのに。
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