アーシャル侯爵家の疑惑とマリエルさんの事情
クリスティス伯爵家に帰る最中、私は白狼のレイシールド様の背に乗ってカタカタと震えていた。
私は、知らなくていいことを知ってしまったのではないだろうか。
レイシールド様に知られてはいけないことを、私のせいで知られてしまったのではないだろうか。
マリエルさんはこのことを知っているのだろうか。
『ティディス。アーシャル侯爵家の疑惑については、以前から俺の耳に入っていた。マリエルは、父親の様子がおかしいのだとシュミットに相談していた。シュミットの侍女になったのは、シュミットの方からマリエルに持ちかけてのことだった』
「シュミット様が……?」
『あぁ。父親が何か悪いことをしているかもしれない。先に嫁いだ姉には関係がないことだが、兄は悪事に関わっているかもしれない。できることなら姉を守りたい。どうしていいかわからないというマリエルが、万が一の時に巻き込まれないようにするためにシュミットは自分のそばに置いている』
「私、何も知りませんでした。マリエルさんは最初の日から私に優しくて、明るくて……」
『まだ、疑惑だ。調べても、何も出てこなかった。だが、証言がある。それに君の父は、闇オークションに出入りしていたのだろう。まずは、ティグルとシスを助ける。その後は、君は関わる必要のないことだ』
「でも!」
『マリエルにとって辛い結末になるだろう。友人として、そばにいるべきだ』
「……はい。レイシールド様、マリエルさんは罪には問われませんよね……?」
『あぁ。そのために、シュミットが保護している。大丈夫だ』
私は「よかった」と呟いた。
確かにレイシールド様のいうとおりだ。私にできることは何もない。
クリスティス伯爵家に戻ると、妹たちが泣きながらしがみついてきた。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「ひどいことはされませんでしたか?」
「大丈夫よ。レイシールド様がご一緒だもの。こんなに頼もしいことはないわ」
「マグノア商会の件については、終わらせてきた。今からクラウヴィオに連絡し、騎士団を派兵しマグノア商会の者たちは全員捕縛する」
「レイシールド様、マグノア商会の方々を許すって……」
「あぁ。それは、幼い子供に暴力を振るったことについてだ。皇帝である俺を強請った件については、裁く必要がある。……というのは、表向きだ。連中にはアーシャル侯爵家についてもう少し詳しく吐いてもらわなくてはいけない。それに逃げられると面倒なのでな」
そういうと、レイシールド様は軽く手をあげる。
その手の中に現れた白い鳥が、窓をすり抜けて飛び立っていった。「手紙鳩だ。法力のひとつだな」と、説明してくださる。
「クリスティス伯爵。闇オークションが開かれる場所を知っているか?」
「は、はい。それは……アーシャル侯爵領の、デルモア山脈に作られた人工の洞窟です。森を抜けた先にある洞窟で、誰も立ち入らないような場所です。ですが、洞窟の中はとても広く、オークションの日には噂を聞きつけた者や、常連の客が、仮面を被って現れるのです。オークションがはじまるのは日が落ちてからです」
お父様が言った。
やっぱりアーシャル侯爵領。マリエルさんのお父様や、もしかしたらお兄様も関わっている可能性が高いのだろう。
「わかった。行こうか、ティディス。本当はクラウヴィオたち騎士団と共に摘発に行ったほうがいいのだろうが、ティグルやシスが売られてしまう前に辿りつきたい」
「はい」
「君は、ここで待っていてもいい。俺一人でも問題はない」
「私も一緒に行きます。ティグルちゃんやシスちゃんは、私のいうことしかきかないかもしれませんし、それに、レイシールド様を一人にはしません。これは、もともと私の問題ですから」
『ティディス。少しは、覇気のある声が出るようになったようじゃな』
リュコスちゃんが私を褒めてくれる。
私はリュコスちゃんの頭を軽く撫でた。
レイシールド様だけを危険な目に合わせたくない。私には闘う力はないけれど、ティグルちゃんは本当はとっても強いのだ。だから──もしティグルちゃんが暴れたら、私が鎮めなければいけない。
「わかった。君のことは、俺が必ず守る」
レイシールド様が私の手を握って力強く言ってくださるので、私は頷いた。
短いその言葉だけで、すごく、安心できる。
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一話から全体的に加筆修正しています。すみません。




