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【書籍化企画進行中】崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜  作者: 束原ミヤコ


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交渉/決裂



 マグノア商会は、街の中心地にある綺麗で立派なお屋敷である。

 扉に小さなプレートがついていて、マグノア商会と書いてあるけれど、それだけだ。

 とても高利貸しの本拠地とは思えない。一見して、普通の民家に見える。


 レイシールド様が扉を叩く間、私はリュコスちゃんに小さな声で「リュコスちゃんいますか」と話しかけた。

 リュコスちゃんの『ここにおる。シュゼットもな』という声が頭に響く。

 姿も見えないし触れないけれど、ちゃんと側で待機してくれているみたいだ。


 ややあって、扉の中から男が現れる。

 四十の坂を登り始めたばかりの年齢に見える男は、我が家に金を取りに来るギリアスという男である。

 だらしなく服を着崩していて、悪趣味な金の装飾品をいつもじゃらじゃらと身につけている。

 私の姿を見て、口元を笑みの形に歪めた。

 それは笑顔なんかではなく、いつも、嘲笑に近い。


「なんだ、伯爵家の姉ちゃんじゃねぇか。男を連れてきたのか? それで何になるんだ、金でも手に入ったってのか?」


 ニヤニヤ笑いながら私を小馬鹿にするギリアスを、私は唇を結んで睨みつけた。

 ギリアスはさらに笑みを深くする。睨まれたのがおかしくて仕方ないみたいな顔だった。


「お前も怒ることがあるんだな。いつもヘラヘラ愛想笑いを浮かべて、はいはい言うことをきいてたくせによ。お前の妹は、お前と違って反抗的だな、育て方を間違えたんじゃねぇのか、お姉ちゃん」


「妹たちに、手を出さないで!」


「大したことはしてねぇだろ? 大事な商品だ、顔を傷つけちゃいねぇよ」


 頭の中がカッと燃え上がるようで、一瞬息ができなくなった。

 私がいうことを聞いていれば、ちゃんとお金を返していれば、家族には何もしないという約束だったのに。

 ギリアスに反論しようとした私を庇うようにして、レイシールド様は一歩前に踏み出した。

 レイシールド様の方がギリアスよりもずっと大きく、立派であり、また、若々しい。

 正面に立たれたギリアスは、その威圧に臆したように一歩下がった。


「なんだ、あんた。姉ちゃんを助けにきたのか? 誰だか知らねぇが、姉ちゃんの借金を代わりに払うってわけか?」


「あぁ。その通りだ。今日は、その交渉に来た」


「はぁ?」


「聞こえなかったのか? 交渉に来たと言っている。余計な話は必要ない。手短にすませたい」


「なんだ、あんた」


「レイシールド・ガルディアス。名ぐらいは知っているだろう」


「ふざけてんのか、兄ちゃん。皇帝だとでもいうのか?」


「あぁ。ティディスが王宮で働いていることは知っているようだな。ティディスは、俺の大切な結婚相手だ」


 レイシールド様ははっきりとそう言い切った。

 私は内心驚きながら、できる限り表情を変えないように気をつけた。

 ここでそんな嘘をつくということは、多分それは必要なことなのだろう。

 私との関係性をはっきりさせた方が、ギリアスに信用をされやすいと判断したのかもしれない。


「貧乏な伯爵家の姉ちゃんが、皇帝陛下と結婚だ? 馬鹿も休み休み言ってくれ」


「お前では話にならんな。もっと上の立場の者はいないのか?」


「てめぇ……!」


 レイシールド様は素早く剣の柄に手をかけると、抜き身にしないままにその柄をギリアスの喉元に突きつける。

 一瞬の出来事で、何が起こったのかよくわからなかったのだろう。

 ギリアスは軽く顎を柄で押されて、冷や水を浴びせられたように固まった。


「皇家の紋章だ。この紋章は、皇家の者にしか許されていない。これでもまだ信用できないか?」


「あぁ……クソが……ッ、いや、でも、本当か……!? ちくしょう、待ってろ……!」


 男は一度中に引っ込んだ。

 開きっぱなしの扉の前で立ち止まりながら、レイシールド様はチラリと私を見る。

 大丈夫かと、視線で尋ねられているのが分かったので、私は頷いた。

 腹は立つけれど、大丈夫。

 結婚相手と言われたせいで少し落ち着かない気持ちになったけれど、演技をしなければいけない。


「これはこれは、皇帝陛下。まさかこんなところにお越しくださるとは。私は、ヴォーグ・マグノア。この商会の代表をしております。どうか、お入りください」


 ギリアムが連れてきたのは、部下と思しき人相の悪い男たちと、肉付きのいい男だった。

 肉付きのいい男は、あまり強そうには見えない。けれど、部下たちからは恐れられているみたいだ。

 ヴォーグ・マグノア。マグノア商会の代表。

 私は、初めて見た。

 恭しく頭を下げるヴォーグに連れられて、私たちは商会の中に入った。

 広い応接間に通される。立派な革張りのソファに、床には水色大虎の毛皮の敷物が敷いてある。

 まさかティグルちゃんを、と思ったけれど、こんなに短時間で毛皮を加工できるはずがないので、多分違うだろう。

 お茶を出そうとヴォーグが指示をするのを、レイシールド様が「必要ない」と断った。

 私はレイシールド様の隣に、ヴォーグと対面をしてソファに座った。

 ヴォーグの後ろには、ギリアスを筆頭に部下たちがずらりと並んでいる。


「陛下。ギリアスの話によれば、クリスティス家の借財を、全て肩代わりするつもりだとか」


「あぁ。全て支払う。お前たちが連れて行った、水色大虎と天馬の分もな」


「それはそれは。クリスティス伯爵家の借財は、元々は三百万ギルス。それが利息を合わせると、現在はざっと、七千万ギルスに膨れあがっていますが」


「なんだ。その程度でいいのか」


 レイシールド様は足を組んで、ゆったりとソファに座って、なんでもないことのようにあっさりとそう口にした。

 私は金額のあまりの多さに、口から心臓が飛び出そうだった。

 どんな計算をしたらそんな額になるのだろう。絶対嘘なのに。

 でも、レイシールド様に全て任せるべきだろう。文句を口にすることはできず、黙っていた。


「いやはや、一国の皇帝陛下にしたら、その程度の額、なのですね。庶民とは感覚が違う」


「御託はいい。支払おう。その代わりお前たちは二度とクリスティス伯爵家に足を踏み入れず、関わることもせず、奪った魔生物も返す約束をしろ」


「あぁ、あぁ、忘れていた……!」


 ヴォーグはわざとらしく、大仰な身振り手振りを加えながら慌てたように言った。


「魔生物たちは鑑定をしたら、二億ギルスの価値があるとか。もうすでに、伯爵家から貰い受けた物ですから、こちらに権利があります。総額、二億七千万ギルスですね、陛下。どこから金を出すのでしょうか、国費ですか? 国費からだとしたら、女のために民の血税を支払った愚かな陛下として、どこからともなく噂が立つかもしれませんね」


「……っ」


 私は、両手を膝の上で握りしめる。

 私の家だけではなく、皇家からお金をむしりとるつもりなのだわ。

 許せない。でも、やっぱりこれ以上レイシールド様に迷惑をかけられない。

 私が口を開こうとした時だった。

 レイシールド様が、口元を押さえて、堪えきれないとでもいうように笑い出した。


「ふふ……はは……っ、はは……っ、あぁ、面白い。俺を脅すつもりか? 俺が誰なのかを理解していて、随分と豪胆だな、ただの金貸しの分際で」


「まさか、陛下とあろうお方が、女に惑い国費を湯水のように使うわけにはいきませんよね。私には、伝手があります。噂は一日で国中に広まるでしょう。陛下が暗愚だと分かれば、つい先ごろ兵を退いたばかりのフレズレンが再び勢いづくのでは?」


「お前は、俺がなんと呼ばれているのか知らないのか?」


 レイシールド様は肩を震わせて笑うのをやめて、酷く冷たい瞳で、ヴォーグを見据えた。

 まるで心臓を射殺すような冷ややかな瞳だった。

 ヴォーグは、余裕の表情が嘘のように、がたがたと震えた。


「お、脅しなど、屈しない。善良な民を脅す陛下として悪名を轟かせたいのか! 私は地位が欲しい。そうだな、国の宰相などの地位をくれるのなら、穏便にすませてやろう。お前の惚れた女にも二度と手出しはしない!」


「大人しく、七千万ギルスを受け取っていればよかったものを。残念だが、交渉は決裂した」


 レイシールド様はそう言うが早いか、剣を抜いた。

 目の前のテーブルに足をかけて、ヴォーグの喉元に抜き身の剣を突きつける。

 ヴォーグの部下の男たちが、剣を抜いている。ギリアスが叫び声を上げながら、ヴォーグに突進してくる。

 けれど、レイシールド様の方がずっと早く、そして、強い。

 ヴォーグに向けていた剣でギリアスの剣を受けると、ヴォーグの体を蹴り上げる。

 鞠玉のように飛んだヴォーグは、べしゃりと床に崩れ落ちた。


「リュコス、ティディスを守れ。姿を隠せ」


『了解じゃ、父上』


 私の体はどうやら透明になったらしかった。

 透明になった私は、同じく透明になったリュコスちゃんの姿を見ることができた。

 部屋の隅に、リュコスちゃんに服を噛まれて引っ張られて連れていかれる。

 その間にレイシールド様は、まるで水を得た魚のように、襲い来る敵をバサバサと切り倒して──はいないけれど、剣の柄や足や拳で、次々と床に沈めていった。


『強いの、父上は。これでは出番がなさそうじゃ』


 リュコスちゃんの上で、シュゼットちゃんもうつらうつらしながら頷いた。



お読みくださりありがとうございました!

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