マグノア商会への潜入
お父様やオリーブちゃん、ローズマリーちゃんを万が一の時に守るために、ペロネちゃんをクリスティス伯爵家に置いておくことにした。「怖い人たちがきたら、扉を氷漬けにして入ってこれないようにしてね」と伝えると、ペロネちゃんは自信満々に「きゅぷ」と、二本足で立って、短い手をあげて答えてくれた。
不安そうに「気をつけてください、お姉様」「皇帝陛下、お姉様をよろしくお願いします」と言う妹たちの頭を撫でて、何度も謝るお父様に大丈夫だと頷くと、私たちは家を出た。
そしてもう一度白狼の姿になったレイシールド様の背中に乗って、マグノア商会に向かった。
マグノア商会はクリスティス伯爵家から一番近い大きな街にある。
レイシールド様の姿が見られないように、並走するリュコスちゃんに体を透明にする力を使ってもらった。
私たちの姿は──大きな白狼のレイシールド様の姿ですら誰にも見られることもなく、マグノア商会のある街、イリスティスに到着することができた。
街の入り口で人間の姿に戻ったレイシールド様と私は、透明化の力を解いてもらった。
リュコスちゃんとシュゼットちゃんは見られるとよくないため、透明化の力を使用したままだ。
人で賑わう街を、レイシールド様と並んで歩く。
まだ真昼だからだろう、露店などが立ち並ぶ大通りは多くの人で賑わっている。
油で揚げた肉や、肉団子を煮込んだスープ、揚げパンや、串焼きの魚などが売られていて、食欲をそそられるいい香りがする。
街を歩く人々と、レイシールド様の姿はまるで違う。
鍛えられた立派な体躯もそうだけれど、その佇まいも、それから着ているものも街人たちのそれとは違う。
私一人ではまるで目立たないだろうけれど、道ゆく人々の視線がレイシールド様に注がれているのがわかる。
自然と、人混みが二つに分かれていく。
レイシールド様に道を譲ってくれているみたいだ。
「このような状況でなければ、街を楽しめたかもしれないが、すまない」
私の手をしっかり握って、レイシールド様は歩いている。
ちらりと露店に視線を送って、なんだか落ち込んでいるように軽く目を伏せた。
「そんな……謝らないでください。……もう十分、私はよくしていただいています」
「俺は、お前の家の貴重品を買った。むしろ礼を言いたのはこちらの方だ。……国境の守りについては、頭を悩ませていたところだ。血吸いの荊さえあれば、全てが解決するのだから」
「ずっと探していたって」
「あぁ。国境を侵すフレズレンの軍を引かせることはできたが、またいつ国境を侵されるかわからない。……過去、俺や両親を襲った王とは代替わりしているが、王の権威もまだ健在であり、現王も野心家だ。一度軍が引いたとしても、再び攻めてくるだろう」
「怖いですね……」
「だが、荊の壁があれば、進軍の妨げにはなる。未来永劫この国を守れる──とまではいかないが、しばらくの平和は保たれるだろう」
「お父様の浪費癖が、こんなところで役に立ってよかったです」
「ティディス──お前……いや」
レイシールド様はそこで一度言葉を区切ると、咳払いをした。
「君が、……俺と、話をしてくれたから。君のことを、知ることができた。……ありがとう」
「レイシールド様が私を追い出さないでいてくださったからです。本当に、感謝しています」
「その感謝が……この話は、全て片付いてからしよう」
「全て?」
「あぁ。まずは、クリスティス伯爵家を悩ませる元凶を、どうにかしないといけない。ティディス。万が一ということがある。俺の側を、離れないように」
「わかりました」
私は頷いた。
マグノア商会の本拠地に乗り込むというのに、私の心はふんわりあたたかかった。
いつも、私が家族を守らなくてはとずっと思っていたから。
誰かに守ってもらえる心強さが、頼れる人がいるということが、本当に、嬉しかった。
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