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レイシールド様の提案



 ――オリーブちゃんから事情を聞き終わった私は、流石に腹を立てていた。


「……許せない。きちんとお金を用意したのに、オリーブちゃんに酷いことをして、ティグルちゃんとシスちゃんを連れて行ってしまうなんて……」


 ティグルちゃんは強いけれど、シスちゃんは温和ないい子なのだ。

 戦うことができればティグルちゃんのほうがずっと男たちよりも強いのに。

 オリーブちゃんたちを守るために、戦わないでいてくれたのだ。逃げることもしないで、捕まることを選んだ。

 捕まれば、解体されて――食べられたり、売られたり、してしまうかもしれないのに。


「今すぐ助けに行かなきゃ」


『おお、ようやくやる気になったか、ティディス。我は、あのような虫けらどもなど、さっさと血祭りにあげよといつも言っていただろう』


 リュコスちゃんが白い毛を逆立てて怒っている。

 今すぐお屋敷を出て行こうとする私を、レイシールド様は片手で制した。


「待て。ティディス。まずは、クリスティス伯爵と会わせてくれるか。それから、屋敷を見せて欲しい」


「で、でも……」


「これは、大切なことだ」


「……分かりました」


 レイシールド様はオリーブちゃんの頭を撫でると、「怖かったな」と言った。

 ローズマリーちゃんはずっと私の手をぎゅっと握って離さなかった。

 オリーブちゃんがお父様を呼びに行っている間、私はレイシールド様を連れてお屋敷の奥へと入った。

 といってもこの家には何もない。

 ティグルちゃんもシスちゃんも連れていかれてしまって、静かなものだった。

 見せられるものと言ったら、きっとマグノア商会の者たちには価値が分からなかったのだろう、珍しい植物ぐらいしか残っていない。


「裏庭に、植物があります。ほとんどが鉢植えですけれど……」


 裏庭の手前のお部屋に、あまり外に出すのには向かない鉢植えがあって、外を好む鉢植えは裏庭に出してある。

 

「皇帝陛下も、お花が好きなのですか?」


 おずおずと、ローズマリーちゃんが尋ねた。


「そうだな。嫌いではない。だが、ここにあるものは……」


 レイシールド様は、部屋のテーブルに並んだ鉢植えの植物を一つ一つ確認しながら言った。


「とても、価値があるものばかりだ。よくここまで集めたものだな」


 感心したようにレイシールド様が言った。

 そこに、お父様を連れたオリーブちゃんがやってくる。

 お父様はさらにやつれて、今にも死んでしまいそうな顔をしている。

 跪いて礼をしようとするのを、レイシールド様が止めた。


「クリスティス伯爵。突然の来訪、失礼した。驚いたことだろう」


「い、いえ、とんでもない。娘がお世話になっておりまして……本当にありがとうございます」


「家の事情は先程オリーブから聞いた。聡明な娘だ。大事にするように」


「は、はい」


「ティディスにはとても世話になっている。おおらかで、優しく、素晴らしい女性だ。ローズマリーも、愛らしいな。……素晴らしい娘を持ったことに、感謝をしなくてはいけない」


「はい。その通りです……」


 レイシールド様、普段「いや」とか「あぁ」ぐらいで会話をすませているのに、威風堂々としていて厳かなその言葉は、皇帝陛下の有難いお言葉そのものだった。

 褒められた私はちょっと照れた。オリーブちゃんとローズマリーちゃんも恥ずかしそうにしている。


「ところで、伯爵。あなたはこの植物の価値を理解して、収集したのか?」


「ええ、はい……私は、昔から珍しい物に目がなくて。それに、価値の分からない者の手に、価値ある物が渡るのがどうしても許せないところがありました。だから、つい、目にしてしまうと、買わずにはいわれないのです」


「世話は、ティディスにさせていたようだな」


「ええ。お恥ずかしながら私は不器用で、私が手を出すと植物はすぐに枯れてしまい、魔生物も死んでしまうことがありました。ティディスがそれを行うようになってからは、植物も魔生物もとても生き生きしています。この子にはきっと、天性の才能があるのではと、考えています」


『ティディスはただ人一倍世話焼きなだけじゃ。天性の才能などない』


 リュコスちゃんが小馬鹿にしたように言った。私もそうだと思う。


「あなたは購入して手元に置くと満足してしまうのだろうな。物自体への執着はあまりない。だが、その審美眼は確かだ」


「なんの役にも立たない特技ですが」


「そこで、だ。提案がある。この植物たちを、俺は買い取りたい。恐らくは、借金を帳消しにするぐらいの金額になるだろう」


「いや、ですが……」


「王宮には幾人かの研究者がいる。皆、植物の価値を理解しているものたちだ。特に、血吸いの荊などは、何年もかけて探していたが、枯れはてた花以外は、みつからなかったものだ」


 血吸いの茨、珍しいとは知っていたけれど、そこまで貴重な物だったのね。

 お父様はしばらく迷うように沈黙したあと、「分かりました」と頷いた。


「レイシールド様、あの、私、そこまでして頂くわけには……」


 私はレイシールド様の腕をそっと掴む。

 有難い話だけれど、レイシールド様は我が家を助けるためにお金を出すと言っているようにしか思えない。


「ティディス。嘘をついているわけではない。それぐらい価値があるものを、お前はずっと育てていた。それに……連れていかれた魔生物たちの価値と、クリスティス家の借財はとても釣り合わないだろう。魔生物たちのほうが価値が上だ。人に懐いているとなれば、なおさらだな」


 レイシールド様は「それから」と、言葉を区切って私を見つめた。


「お前の知識にも価値がある。今は失われたとばかり思っていた希少な植物を育てられる者などそういない」


「私は、本に書いてあったとおりにしただけで……」


「その本も、伯爵が集めたのだろう。お前はそれを読み、記憶し、植物を育てた。それは誰にでもできることではない」


「そうでしょうか……」


 私は俯いた。

 レイシールド様は私の手を握ると、大丈夫だというように口元に笑みを浮かべた。


「マグノア商会の者どもが、二度とこの家に手出しできないようにする必要がある。暴力に訴えれば、それ以上の暴力が向けられるだけだ。相手が悪い。……だから、正攻法で、金を返し、ティグルとシスを取り戻そう」


 どうすればいいのか私にはわからない。

 でも、レイシールド様が力強くそう言ってくださったから、なんだか全部大丈夫だというような気がした。



お読みくださりありがとうございました!

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