リュコスちゃんのお父さん
食事の準備が整うと、レイシールド様は私をじっと、それはもうじっと見つめた。
何か足りないものがあったかしら。紅茶も運んだし。食事も。食器も運んだ。
あとは何か──。
「……ティディス」
「は、はい」
レイシールド様が私の名前を呼ぶ時、そこにはいろんな意味が含まれている気がする。
もしかして、それはレイシールド様が普段寡黙だからそう感じるのかもしれない。
でも、今回はそれが何かがわからない。準備はきちんと整ったはずだし。リュコスちゃんとペロネちゃんとシュゼットちゃんの分も用意したもの。
レイシールド様と一緒にリュコスちゃんたちにご飯を食べさせるとかとんでもないって思ったけれど、レイシールド様がそれでいいとおっしゃるから、みんなの分も布を敷いた床の上にお皿に装って置いた。
リュコスちゃんたちはすでに、もぐもぐと牛スネ肉のシチューを食べ始めている。
「食事に招いておきながら、お前に料理を作らせて、着替えもさせないというのは、無礼だったな」
「え? ……え?」
「次からは、気をつける。こういったことの経験に乏しいため、どうにも、勝手がわからん」
「え、ええと……私はレイシールド様の侍女ですので、お料理の支度をするのは当たり前で……でも、お城の料理人の方々みたいに豪勢な料理が作れなくて、むしろ申し訳ないといいますか……」
煮込んだり焼いたりするのは得意なのだけれど、いろんな食材を使って豪勢な料理を作ることはできないのよね。
そういった経験に乏しかったのだもの。シチューとかスープは得意だ。
だって、シチューやスープにすると、増えるのだ。嵩が。ご飯の量が増えるのは素晴らしいことなので。
こういったことの経験というのは何かしら。
侍女に夕食を作らせる経験という意味なのかしら。
「十分だ」
「お口に合うといいのですけれど……」
「家族のために、料理を?」
「はい。お母様が亡くなって、使用人の方々がいなくなって、家事をすることができるのは私だけだったものですから……」
「そうか」
レイシールド様は、ふと気づいたように椅子を引いてくれた。
座るように促されているみたいだ。
「あ、あの……旦那様に、こういったことをしていただくわけにはいきません。私は侍女ですから……!」
「侍女でなければいいのか?」
「えっ、クビですか……!?」
「そういう意味ではない。ともかく、座れ」
私は恐縮しながら椅子に座った。
レイシールド様の正面。向き合う形にレイシールド様が座る。なんとはなしにそのお姿に視線を向けた。
光魔法陣が中に埋め込まれているランプの灯りに照らされたレイシールド様は、黙っていると少し怖い印象だけれど、今の私はとても優しい方だと知っている。
でも、いいのかしら。皇帝陛下と二人で、お食事をするというのはやはり侍女としては、身分違いというか、いけないことなんじゃないかしら。
「……あの」
「俺が許した。お前は何も気にする必要はない」
「レイシールド様、ありがとうございます」
「今は、心を読んでいない。お前は感情が顔に出る。わかりやすい」
「そうでしょうか」
「あぁ。無闇に、心を読まないと約束する」
「私は別に構わないのですけれど……」
レイシールド様は、心を見ることについてかなり繊細に気にしてくれているのね。
でも、今は心を見られているわけではないけれど、すんなりお話ができている。
もしかしたら私もずっと、人に飼われたばかりの野生動物みたいに相手を警戒し続けていただけなのかもしれない。
話すよりは人の話を聞いている方が楽だけれど、レイシールド様とお話をしていても苦しさや緊張感はあまりないもの。不思議だわ。
スプーンを手に取って、シチューを掬って口に運んでくださるレイシールド様の様子を、私はドキドキしながら見ていた。
そういえば、お料理を家族以外に食べてもらうのって初めてだ。
妹たちはいつも美味しいって言ってくれるけれど。
ちなみにお父様は、ストレスで胃を痛めていたからあんまり食べられなかった。
「美味しい、ティディス」
「よかった!」
私は両手をギュッと握って、微笑んだ。
褒められるのって、嬉しいことなのね。
もちろんここで働いているのはお金のためだけれど、お金をいただいた時以上にレイシールド様がお食事を召し上がって、美味しいと言ってくださると、満たされる何かがある気がする。
まるで、リュコスちゃんがはじめて私の手からご飯を食べてくれた時みたいに嬉しい。
「もし、あの、ご迷惑じゃなければ、お夕食、毎日作ります。レイシールド様、あまり食欲がないとは思いますけれど……」
「そう思うか?」
「はい。私のお父様も、そうなんです。お父様は、働くのが苦手で、人と関わることも得意じゃなくて……でも、家令もいなくなってしまって、お父様は働かなくてはいけなくなって。そうしたら、すぐに胃を痛めてしまったのですね」
「胃を」
「シチューを作る前に、レイシールド様に胃に優しい薬湯を作ればよかった。薬草があればすぐできるのですよ。確か、黎明宮の裏庭にもたくさんはえていましたから、すぐにできます」
「そうか。……ありがたいが、特に胃が痛いわけではない」
「そうなのですか?」
「朝食や夕食を食わないのは、昼食の量が多すぎるからだ。遠征中は、そこまで多量に食事を取るということはなかった。ここでは、毎日食べきれないぐらいの量の食事がテーブルに並ぶ」
「量を減らすように言ってみたらどうでしょう?」
「使用人たちは、俺の機嫌を損ねることを恐れている。食事の量を減らせと言えば、俺の口に合わなかったのだと、料理人が気に病むだろう。そうだな……今度は、お前を共に連れて行こう。お前と、リュコスたちがいれば、多すぎる食事も問題なく食べ切ることができるだろう」
「レイシールド様、……その、毎日無理をして、お昼ご飯を食べているのですか?」
「無理をしているわけではないが、夕食をとる気にはならなくてな」
「じゃ、じゃあ、今もお腹いっぱいなんじゃ……」
「それが、不思議と、お前の作った料理だと思えば食べる気になる」
「無理しないでくださいね? 多い時は多いと言っていいのですよ。私はレイシールド様の侍女なのですから」
「あぁ。ありがとう」
お礼を言われるようなことでもないのだけれど。
レイシールド様は、優しいのね。というか、気を使いすぎじゃないかしら。
皇帝陛下なのだから、もっと傍若無人に振る舞っていいような気がするのだけれど。
「ティディス。夜もお前の顔を見られるのは、いい。明日からは、夜も頼めるか?」
「もちろんです!」
「食事の支度は、たまには俺が行う。料理は、嫌いではない」
「それは申し訳ない、ですけれど」
「俺が、そうしたい」
「わかりました。それでは、とても楽しみにさせていただきますね」
レイシールド様の手作りご飯。
豪快にお肉を焼いたような感じかしら。想像できないけれど、ご飯を作ってもらえるのは、嬉しい。
私もシチューを一口掬って口に入れた。
高価なお肉と、十分なお野菜、高級ワインなどなどを使用しているのだから、もちろん美味しい。
私が作ったとは思えないぐらいに美味しいシチューだった。
「そういえば……リュコスちゃんが、レイシールド様のお顔を見て、父上と言うのですよ」
「父上?」
『父上じゃ』
ご飯を食べているリュコスちゃんが、顔を上げて言う。
『この男から懐かしい気配がする。我が幼い時に姿を消した、父上の気配じゃ。この男は父上の力を、与えられたのじゃ』
「……あの、レイシールド様。レイシールド様を助けた白狼は、リュコスちゃんのお父さんだって、リュコスちゃんが言っているのですが」
「そうか」
『そうじゃ!』
レイシールド様は特に表情を変えることなく頷いた。
リュコスちゃんは尻尾をぱたぱた降っている。
『父上じゃからな。はじめは、ティディスを閉じ込める悪人じゃと思っておったが、お主のことは認めてやろう』
「俺は、白狼から力を与えられ、白狼は死んだ。俺を憎まないのか?」
『寿命じゃ。我らがいくら完璧で賢く強い存在でも、寿命には勝てん。我はだから、全ての魔生物の王という立場を継いだのじゃな』
「リュコスちゃん、またそういう、偉そうなことを言って……」
『お主はなぜいつも信じんのか。胡乱な娘じゃの』
私はやれやれとため息をついた。それからレイシールド様に「寿命だから仕方ないって言っています」と説明をした。
レイシールド様は何かを考えるようにしていたけれど、何も言わなかった。
もしかしたら、心を読まないという約束をしてくれているから、リュコスちゃんの声はレイシールド様には聞こえていないのかもしれなかった。
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